オリジナル小説 【保健室での出来事】
【あらすじ】(175文字)
【本編】
教室の窓から見た空は雲ひとつなく、太陽の日差しが容赦なく地面を照らしていた。
昨日の試合を思い出す。
静寂から時折全身を包み込む風、呼吸と動きが一体化して、自然と手元から離れる矢、直後に聞こえる的に当たる音。
何も考えず、ただ目の前のことを意識する瞬間が好きだ。
「なー、昨日の試合どうだった」
後ろから聞こえる声の主は小学生の頃から一緒にいる幼馴染の坂下大貴。
「んー、個人戦優勝した」
「高校から弓道始めたのに、本当にすげーな」
「武道の申し子かよ。全中で空手優勝したのに高校では空手をやめて弓道に転身。そこでもトップなんてよ」
横から入ってきたのは高校から仲良くなった烏丸圭介。
坂下大貴は空手部、烏丸圭介からは剣道部に所属していることから三人合わせて周りに武道sと呼ばれている。
「彼女に優勝のご褒美でもしてもらいな」
「実は別れたんよね」
「っえ?いつ」
「大会前日」
二人とも予想以上に驚いた顔をしていた。
大貴は言葉が出ず口を開けたままで、圭介は教室中に響き渡る声で反応する。
「大会前日に彼女と別れて優勝かますとか、どんな鋼のメンタルしてんだよ」
「っちょ、声でかい!」
圭介は手を口元に隠す仕草をしたが、時すでに遅しだ。
クラス中がざわつき始める。
「年上彼女と別れたのー?」
教室の入口付近で屯している女子グループから大声で話しかけられ、圭介をひと睨みし、開き直って大声で答えた。
「うるせー!別れたよ!」
クラス中にドンマイコールと慰めの嵐に包まれたところで授業が始まった。
試合前日に別れた彼女の名前は田島友希、年齢は一つ上で空手仲間の紹介で知り合った。
スポーツ少女の姉御肌が第一印象で、友達と一緒にいるような空気感は居心地が良かった。
5ヶ月前に友希さんの方から告白され、一度は断ったが
『試しに付き合ってみて、お互い少しづつ知っていくのはどうかな。今は感情がなくても、これからは分からないじゃん?とりあえず今は深く考えずに、軽い気持ちで…、ね?』
と提案されて付き合った。
最初の3ヶ月は居心地よく友達のように楽しく過ごしていた。
時折見せる照れた表情、悪戯な笑み、困った顔。
付き合ってから少しずつ見せてくれたいろんな表情に心臓が高鳴り、俺はそれだけで十分に満足していた。
「体育は外だってよー。ハンドボールらしい」
「うげー、暑そう」
制服から体操着に着替え、準備運動をして適当にチームを作り、ハンドボールの試合が始まる。
走りながらも無意識に友希さんのことを思い出す。
照れながらも手を繋いでくれた友希さん、
目を瞑ってと言いキスをしてくれた友希さん、
手を重ね合わせて身体を触らせてくれた友希さん、
全部友希さんがリードして、俺は合わせただけだった。
俺と友希さんの関係を秤で表すなら、均衡することはなく常に不釣り合いな状態で、満足している俺とそれ以上のことを望む友希さん。
長く続くはずがない。
過去に2回セックスに挑戦しようとしたが勃たず、それ以降気まずくなって1ヶ月近く連絡を取らなくなった。
久々に友希さんから連絡が来た時には振られることを直感し、予想通り友希さんの方から関係を終わらせた。
すんなり別れた事実を受け入れられたのもあって、高校生の恋愛はそんなものかと思った自分がいる。
「相楽!!ボール!!!」
声のする方へ向いた瞬間、顔面にボールが当たりそのまま転んだ。
「すげー。こんな時でも受け身をとるなんて…。じゃなくて、保健室!保健室!」
「一人で行けるんで、大丈夫っす」
「無理すんなよ。ゆっくり休みな。」
大貴が背中を優しく摩ってくれた。
考え事でボールに当たるなんて、またネタにされる…。
身体の怪我は大したことなく、保健室に行けることで一人の空間が合法的に得られたのは幸いだ。
保健室に向かい、ドアを開けると先着がいた。
全体的に色素が薄く、今にも消えてしまいそうな雰囲気。
ドア付近に置いてある受付表を確認すると、2年6組柳理央と書かれていた。
こんな人、同じ学年で居たのか。
しかも、隣のクラス。
「先生は今用事で出かけてる。あと5分か10分位で戻るって」
優しくて柔らかい声に、突然心臓の鼓動が早くなった。
「っあ…、教えてくれてありがとう」
目の前にいる彼が突然消えてしまいそうなほど儚かったため、存在を確かめたくなり、彼の隣に座って話しかける。
「名前、柳理央であってる?」
「う…ん。なんで知ってるの?」
受付表を指差した。
遠目だと前髪で顔が隠れていたため分からなかったが、端正な顔立ちに驚いた。
「ってか、額に切り傷あるじゃん!汚れも付いてるし…、消毒した?」
「まだ」
彼の美しい顔に傷跡が残してはならないと、突然の使命感に駆られて消毒液とコットンを探した。
手を洗った後にコットンを数枚取り出し、消毒液に漬ける。
「早く手当しないと傷跡が残るかもしれないぞ。俺が先生の代わりに傷口を消毒する」
「っえ」
許可を取らずに彼の顔を触れ、上に傾ける。
右上に砂利混じりの擦り傷、色素の薄い肌色、筋の通った高い鼻、大きな二重目、血色感のある薄い唇、何よりも…。
「綺麗なグレー色の瞳してるね。吸い込まれそう」
色素の薄い肌が次第に紅潮するのが見え、我に返る。
「ご…、ごめん。変なこと言って!今から消毒するな」
彼は紅潮したまま目を瞑り、消毒をさせてくれた。
痛みを確認しながら傷を拭いていく。
傷跡が残らないよう祈りながら細心の注意を払い、最後は絆創膏を貼った。
一息つくと、彼は照れくさそうに話しかける。
「手当してくれてありがとう。自分で傷を触る勇気がなくて…。本当に助かったよ」
さっきまで消えて無くなってしまいそうな雰囲気だったのに、今は彼の存在がはっきりと分かる。
突然ドアの開く音を聞き、振り返るとそこに先生がいた。
「柳くん待たせてごめんねー」
「先生遅いっすよ、俺が代わりに手当したから」
「あら、ありがとうね。助かったわ。それで、君は何の症状でここへ来たの?」
受付表に名前と症状を記入するのを忘れて、慌てて書く。
「顔あたりクリーンヒットしたのね。自分で消毒できそう?休んでいく?」
「はい」
「ベッドの用意するから、その間拭いてて。柳くんはいつでも戻っていいわよ。休んでから行ってもいいし、好きなタイミングで任せるわ」
そういうと先生はベッドの支度を始める。
洗面台で顔を洗い、顔を拭いて彼の隣に座った。
なんとなく機嫌が良いように感じて話しかける。
「なんか良いことでも合った?」
言葉はなく、照れ笑いで返された。
先生の携帯が鳴り、慌ただしい音が保健室に響く。
「準備できたわよ。また用事ができちゃった。次の授業が始まる前に戻ってね。先生は当分帰ってこないから宜しく」
そう言って先生は保健室を出た。
「んじゃ俺寝るわ。お休み」
布団の中に入り、身体にかかっている重力をベッドに預けて目を瞑る。圭介に別れたことをクラス中にバラされ、友希さんとの思い出がクリーンヒットに繋がって散々な日だ。
気持ちの疲れと大会の疲れで意識飛ぶ…。
「ねぇ、相楽悠くん。年上彼女と別れたの本当?」
カーテンで遮断した空間に物音ひとつ立てないまま侵入した彼に反射で瞬間的に全身が波を打った。
「びっくりした…。フルネーム呼び?隣に居たの気付かなかったわ。ってか6組にも広まってるのな…、俺のプライバシー…。」
優しく笑う声が聞こえ、身体と顔を彼の方に向ける。
「心配だから頭に傷あるか確認していい?」
頭に手を伸ばす彼の腕を咄嗟に掴んだ。
「汗かいてるし、スタイリング剤もついてるから手汚れる」
「大丈夫、気にしないから」
そう言って彼は俺の髪に触れ、優しい触り方に心地よさを感じる。
「少し赤くなってるけど、多分問題ないと思う」
「ありがとう」
自分を見つめる時の表情が柔らかくて、温かくて、不思議な気持ちになる。
なんで俺のことを気にかけるんだ?
授業がめんどくさくて戻りたくないのか?
しばらく頭を撫でられて眠りについた。
微かに聞こえていたアラーム音が意識を取り戻すにつれて次第に大きくなり、重い瞼を無理やり上げる。
手に感じる温かい感触の先には眠っている彼の姿があった。
知らぬ間に彼の腕ごと抱き枕にして寝落ちしてしてまった事実に困惑してしまい、勢いよく手を離したせいで彼を起こしてしまう。
「気持ち良さそうに眠ってたから僕も釣られちゃった」
眠そうにしている彼の顔が絵画に出てくる赤ちゃんのようで不覚にも可愛いと思ってしまう。
「ごめん、多分無意識に引き留めてたわ。手を退けてもよかったのに」
微笑み返す彼の表情は陽だまりのように温かい。
温かさに触れようとした瞬間、大貴と圭介の声が聞こえ急いで手を引っ込める。
「ゆーうー!体調は…ってあれ、柳?」
大貴がカーテンを開けると、意外な組み合わせだと思っていることが伝わるくらいに目を丸くしていた。
圭介に至っては身体が一瞬だけ硬直していたのを目視した。
彼は言葉にしがたい雰囲気を感じ取り、座っていた椅子から離れる。
「失礼するね」
去った後も空間に彼がいた余韻が残り、しばらく無言状態になる。
彼がドアを閉めた音を確認して大貴に話しかけた。
「なぁ、柳理央って何者なの?モデル?身長、圭介と同じくらいあったよな?」
「悠が人に関心を持つのって珍しいな。俺もあんま分かんないから噂程度にしか知らないけど、芸能事務所のスカウトを断り続けてるらしくて多分一般人。ってか早く移動しないと授業遅れるぞ」
時計をみると授業開始の5分前で、保健室から教室まで約4分。
保健室の先生宛に必要事項を記入してから急いで教室へ戻った。
残念なことに、着替える時間もなく体操着のまま授業を受けた。
授業が終わると体育のことで、案の定圭介からイジられる。
「空手二段の動体視力どこいったのかと思いきや受け身をとるとかすげーよな」
「うるさい、うざい。ってか圭介のせいで6組まで彼女と別れたの広まってんだからな」
「わ…、それはまじゴメン。今度から気をつけるわ。そろそろ部活行かなきゃ!お先!」
圭介は足早に教室を去っていった。
「逃げやがって。今度会ったら絶対ラーメン奢らせる」
「それいいな。俺関係ないけど、どさくさに紛れて奢られるわ」
大貴と拳を合わせて笑いあう。
「体調大丈夫そう?日誌代わりに書こうか?」
「大貴は出来た男だよ、マジで。惚れるのn回目だわ。お言葉に甘えるな」
「あんまり惚れすぎるなよ。部活もほどほどにしとき」
途中まで書いていた日誌を大貴に渡して教室を出た。
大会が終われば次は段の審査。審査が終われば次は大会。
先輩からの引き継ぎ、後輩の育成、自分自身の課題、やらなきゃいけないことがたくさんある。
今は友希さんを思い出すことよりも、目の前のことに精一杯取り組もう。
その日は軽くウォーミングアップをして、後輩指導を中心に部活動を終えた。
「相楽先輩、昨日も今日もお疲れ様でした」
「ありがとう。お疲れ様」
「先輩、柳理央のこと知ってますか?」
保健室での出来事思い出して、口に含めていたお茶が吹き出しそうになった。
「どうしたの、急に」
部活後だと思えないほど、後輩のテンションが急激に上がる。
「一年生の間でめちゃくちゃかっこいい先輩がいるって噂になってて、名前が柳理央って言うんですけど、先輩知ってますか?」
「うん、知ってるよ」
「写真持ってますか?持ってたらみたいです!どんな人ですか?」
今日が初対面で、正直彼の内面はよくわからない。
儚くて消えそうな雰囲気だけれど、声・表情が陽だまりみたいに温かい人。
「ゴメン、写真持ってないわ。確かにめちゃくちゃ美形だよ。性格はあんまり喋ったことないから分からないけど、よく笑う人かな」
「そうなんですね、意外!柳理央先輩の愛称が氷の王子なので、クールな人かと思っていました」
「確かに!噂では滅多に笑わない孤高な人って聞いたんですけど、実際は違うんですね!」
柳理央が氷の王子でクールで笑わない孤高な人…。
噂されている特徴とさっきまで目の前にいた彼との間にあるギャップが追いつかない。
彼は一体、何物なんだ。
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