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地方都市ガールと喫茶店


 上京して、世の中には本当に喫茶店というものが実在することを初めて知った。そもそも個人経営の店が繁盛しており、しかもそれが怪しくない小洒落た店というのが、フィクションの世界のものだけでないことを初めて知った。

 わたしの暮らした地方都市はイオン一強、稀に友達同士でご飯を食べようと言ってもフードコート、洒落てもコメダ。チェーン店でない店といえば怪しげなインド・ネパール料理店、父の連れていく愛想の悪いラーメン屋や中華料理屋、国道沿いで謎に店内面積が広いからかガランとした印象のイタリアン。
 しかもそれらはどれもファミリー向けであり、とてもじゃないけど一人のお客様など想定されていない。いたとしても中年男性であり、中高生の女の子が一人で行けるような空気でもなく、そもそも立地も車が無ければ行けなかった。

 全ては健全なファミリーのために!
 騒ぎ散らかす赤子のために、
 平和な父と母と子供と祖父母のために。

 かなり前の記憶だ、脚色も相当入っているとは思う。現実は色々と独り者がうろつける場所もあったのかもしれない。ただ陰気で、オタクで、人の目を気にし続けた中高生のわたしの瞳に、地方都市の飲食店はそう映った。「ファミリー」の拘束から、わたしは逃れる場所を見つけられなかった。

 話が逸れてしまった。
 上京してわたしの住んだ街はそもそも独り身の人間、特に女性の一人暮らしが多い駅であった。(おかげで治安もよかった。)駅まわりを歩けば、小洒落た個人店が目移りするほどにあった。
 小洒落た、というと少し違う。単にその街と、その街に根付く店の、呼吸の雰囲気が似ていたのだろう。渋谷だの原宿だの、キラキラいかにもカースト上位の女の子たちが行くような空気でも、地元の常連のおじさんが毎日大声で若い店員に喋りに来るような空気でもない。

 独りで、朝食を用意するのも面倒だし、少し着替えてブランチでも食べにいくか――そのくらいの気概の人間、ちょうどわたしのような――を受け入れる街だったのだ。それを小洒落た、というと、やはり違う。
 強いて言うのなら、"小気味良い"、とでも言おう。あの街の空気は小気味良い。

 そこでわたしは本を読み、思索にふけり、小説を書いていた。とても"小気味良かった"。わたしの気にいる喫茶店は皆こじんまりとした、友達や恋人などの二人連れ(多くても三人程度)、もしくは独りの客が多かった。客たちは皆思い思いに過ごしている。もちろん新聞を広げる中年男性もいるし、友達と二人でだらだら愚痴る女子大生もいる。初めてデートに来たらしい男女が不安定な会話をしているのも聞こえてくるし、一人で本の頁をめくるひともいる。

 その、思い思いの心地よい、が集う空間が好きだ。

 家庭や学校ではかなわない、ちょうどよい外だからかなう空間。それは恐らく、サードプレイスと呼ばれるものなのだろう。
 地方都市で、わたしはそれを見つけられなかった。だから追い詰められた。家と学校の往復で。外に出てもファミリーの圧力に潰された。
 だけどやっと見つけたのだ。真に息のつける場所。

***

 新卒として就職して一年半ほど経った。残業の多い業界で一年かけて精神をすり減らした。だがそれでも業務にも慣れてきたことと、コロナの影響で単に業務が減っていることから時間ができ、ほんとうに自分のしたい仕事を考えるようになった。

 一つめはこれ。文章である。この話は別のときにまとめようと思うからさらっと流すこととする。自分の文章で仕事をすることは、大きな夢である。その夢のためにも、こうしてちまちまとひとに見せられるnoteを書き溜めているところである。

 二つめが、喫茶店。
 わたしが救われたように、サードプレイスなるものをつくりたい、と強く思う。思い思いの心地よい、が集う空間。家でも学校でも職場でもなく、ちょうどよい心の逃げ場をつくりたい。

 そこは各々が孤独を持ち寄る。大勢で騒ぐための場所ではなく、孤独を密やかに話しあったり、向き合ったりする場所。
 テーブルとテーブルの間に会話はない。それぞれの席で、それぞれの孤独の物語がすすんでいる。ただ同じ空間にあるだけ。同じ空間にあるだけだけど、そのことが支えになる。そしてそれらは流れ、また新たな客が、孤独の物語と対話する。

 シャカイコーケン、という言葉がある。就職活動時はんなもんクソくらえ、と思っていたが、いざ働いてみると案外社会貢献とやらをやってみたくなるもので。そういう意義を見出せないと、わたしは仕事にやりがいを見出せないらしい。

 喫茶店で、わたしがやってみたい社会貢献は、安らげる空間を提供すること。そして各々の孤独に寄り添うコーヒーを提供すること。

 なーんちゃって。そーゆーの、やれたらいーのにな。

 ……という、ささやかな夢の話。
 ただ、話していればちょっとは現実に近寄るかもしれない。わたしも夢物語で終わらせられなくなるかもしれない。しばらく、連載として続けてみようかと思う。まあ、ただわたしが考えた最強の喫茶店! を語り続けることになるかもしれないが。というか、それもいいな。
 夢の喫茶店のはなし。

***


 ひとつ名前を思いついた。不意にビートルズのイマジンが脳裏に流れたのだ。イマジン。いい言葉じゃないか、喫茶イマジンとかどうだろう、と閃いてしまったが、成瀬に同名の老舗喫茶店があるようだ。仕方ない、また閃いたら、こうして最後に書き留めておこうと思う。


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