見出し画像

そういえば私、自己破産してたな。

おはようございます。Mariです。

今日は、昨日とちょっとかぶるかもですが、今回は、お金を視点に書こうかなと思います。

私は中学校は普通の公立の中学校でした。わりかし成績は良かったのですが、進学校にはいかず農業高校に行きました。

農業高校を選んだ理由は、中学までは良くても、高校の勉強についていけるか自信なかったのと、植物が好きだったので、農業高校って楽しそうだなと思ったからです。

進路を選ぶ際、就職をする同級生も多い中、先生のすすめもあって、大学受験をすることを選択します。

私の実家は貧しく大学に行くなら、奨学金もセットで、とういう流れでした。そこに私の意見とかはなかったです。当時は奨学金借りてもいいから大学に行きたいと言ったかもしれませんが、覚えてないです笑

よく考えれば、社会に出たことがなくお金の使い方も知らない高校生に何百万もの借金を負わせる風潮ってどうなのかなと、個人的には思ってます。

私は、農業高校生なりに受験勉強し、宮崎県にある大学に合格し、同時に奨学金の申請にも通りました。

大学生になりたての頃は、授業料とかも奨学金で払わなきゃいけないし、借金の大きさに不安を感じていて、1人になると、その金額の大きさに押しつぶされそうになっていました。

それでも、人って慣れるもので、毎月奨学金が振り込まれる事が日常となってくると、お金があることが普通の状態になり、借金だという感覚が薄らいでいったように思います。

しばらくして、学生生活にも慣れてくると、入学したての頃に感じていたお金の不安も減り、学生生活を楽しめるようになってきます。

好きな講義をたくさん受講したり、部活をし、飲み会に参加し、気ままに帰省したり、免許を取ったり、バイク買ったり、などなど、それなりに充実した日々を送っていました。

ですが、4年生の就職活動の時期になっても私は就職活動をしませんでした。完全にぬるま湯に浸かっており、もうその頃になると、奨学金は借りてるお金ではなく、自分のお金だと思うようになっていたように感じます。

就職活動はせず、将来は大学に残り、研究者になりたいと思うようになっていました。

大学院にはなんとか合格できましたが当時の私は、お金足りないと思うようになっていました。

大学院に入学してほどなく、両親に黙って、奨学金の月額を増額したのを覚えています。

返すときのことは考えておらず、日々の生活の中で借りているお金だという認識はなくなってしまっていました。

それから大学院に通い始めるのですが、先生の言ってることが理解できずに、悩んでるいると、一向に実験をしようとしない私に、指導教官の先生は、「やる気がないなら、大学院なんて辞めろ」と、怒鳴りました。

売り言葉だったかもしれませんが、私はもう先生のことを信用しなくなりました。

当てつけに、別の大学院に転学してやろうと思っていました。

ですが私の転学計画は失敗し、結局気持に収集がつかず、大学院を辞めました。

大学院を退学し結局フリーターになるのですが、奨学金の返済は、猶予申請をしていました。

それから程なくして、フリーターを辞めるのですが、色々あって、東京で暮らすようになると、猶予申請すらせず、踏み倒してやろうという気持ちになっていました。

それから歳月は流れ、ゆっくりゆっくりと病状は悪化し、加速度的に陽性症状が出るようになってきました。

異常な精神状態の中で、窃盗してしまい、その頃は千葉県を拠点にしていたので、千葉県で逮捕されました。

4ヶ月程、勾留され月1の裁判があっていて、実刑になるかもしれないと言うとき、半ば家出状態で音信不通にしていた、両親を頼る決断をします。

両親に勾留されていることを伝えると、飛んできてくれました。遠いのに、情状証人になってくれて裁判で証言してくれました。情状証人というのは簡単に言うと「私が面倒見ますからどうか、助けて下さい」と言ってくれる人のことです。

裁判の結果、私は保護観察は付きましたが執行猶予3年の判決で、実刑は免れ安心しました。ですが有罪ということには変わりないです。

千葉県から実家のある福岡県に戻って来てから、まず行ったのは、自己破産の手続でした。

もちろん、窃盗するくらいお金がなかったので、弁護士費用なんて持ってなかったので、両親が工面してくれました。そして私は、自己破産することになりました。それがちょうど7年くらい前の事です。

自己破産で私の奨学金は免責されましたが、父が連帯保証人だったため、奨学金の返済義務?は父へと移りました。

もう完済しているかもしれませんが、怖くて聞けないままです。

この団地に引っ越ししてきて、しばらく経った頃、母との約束で、毎月2千円ずつ父に返す事で、折り合いをつけさせてもらっています。

たとえ病気が絡んでいたからとはいえ、両親には頭が上がらないです。

とはいえ、生保だとクレカを持てないので、自己破産しててもあまり関係ないです。サブスクとか小規模のネットショップ等はクレカのみの対応だったりするので、若干、不便だなとは思いますが、節約だと思って、無料のコンテンツを探したり、クレカ以外の支払い方法があるショップを探したりしてます。

フリーター時代の話しや東京での生活については、気が向いたらまた書くかもしれないです。

今日が皆さまにとって、良い1日となりますように。

おわり

Mari




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?