お正月は帰らないの?
「お正月は帰らないの?」と聞かれる季節がやってきた。この質問が苦しい気持ちになる人達がいる。
それは機能不全家庭で育った人達で、私もその1人だ。
帰らないと答えて、「親孝行しないと」等と言われた日にはもう。でも、悪気のない質問であることも理解しているので尚更きつかったりして。
昔、ご年配の方に「親に顔を見せることの大切さ」について説教されたことがある。何も言えなかった。
私は、正しさについて、よく考える。
親に顔を見せる大切さ、正しいことだと私は思う。
でもね、日々、暴言暴力のある家庭で育つと、そのノーマルの正しさが当てはまらなくなる。
どれだけ、つらかったか。
どれだけ、深い傷を負ったか。
どれだけ、親の空気を読み、自分の声を押し殺したか。
どれだけ、親が恐怖であるか。
あの頃は、部屋の片隅で怯えながら毎日泣いてた。
大人になっても、癒えることはない。
そんな過去があったことを伝えるのもつらい。
何も言えない。
そして、帰省しない親不孝者などと言われてしまい、孤立する。私の場合、もうそれでいいやと吹っ切れてしまっている。
人にどう思われようが、私には私の真実がある。
生物学的には親であるけど、心の面では親ではないという複雑さが辛く悲しい。
ここ数年は、「うちちょっと複雑な家庭で、お正月は帰らないんです」とぼやかした回答をしている。
大抵、それ以上のことは聞かれない。
私が年末年始に帰省しない理由は明確にあって、母の葬儀の時に、親族に「お前が大学に行ってなかったら、母親は生きてた」等と罵られたことにより、精神を大きく病んだため。これは書ける範囲のマイルドな内容ね。
私のうつの最大要因となった親族のいるイベントに参加するメンタルの強さは私にはない。
私のようなつらい思いをする人がいないといいなって。でも、残念ながら、機能不全家庭で育った人は私だけではない。
「お正月は帰らないの?」という質問は全く悪くないの。
帰省しない事情のある人達がいることを頭の片隅に置いていただけたら、ほんの少しだけ癒える人達がいる。
みんな幸せでいてほしい。
そして、私も幸せでいようとおもう。