最初で最期の一人旅 #フォロワーステラナイツ0221

唯人の最期を見守ったスノウがほんのひととき、一人で彼と同じ世界を生きる話

泡沫のように。その言葉通り、彼は大層穏やかに沈んで行った。藻掻くこともなく、ただ真っ直ぐに。水底に座す、己が生きていた町へ還るように。

帰る場所、あったじゃないか。唯人。

青に呑まれる姿を見届けて、ひとりこの町を歩く。侵略者を討ち取ったからか、女神の眠りが近いのか、水位の上昇が急激に早まっている。見上げる限り広い空だが、どこまで水で満たされたらこの世界は滅びるのだろう。ここであの時のように飛び込んだら、また違う世界に繋がって、そこで『神の子』をするのだろうか。

……いや、それはない。
僕は、『スノウ』だ。

歩みを進める視界の端では「水族館」が完全に水没し、「さかな」が周囲を泳いでいる。

「忘れられなければ、生きていられる。ならば……」

この美しい町を、一時の船旅を、刹那の神楽を。
あの物語の語部を、燃えたぎる深淵を、気高き赤頭巾を。
そして、ただひとりのいとし子を。

「忘れなければ、生きている」

この世界に来て、初めてのことがたくさんあった。命あるさかなを見たこと、誰かと共に戦うこと。膝の高さまで水が上がると、歩くことがこんなにも重労働になること。僕自身へのやさしさが、あんなにも不器用なのに真っ直ぐだったあの気持ちが、何よりも嬉しかったこと。

……思わず笑い声が漏れる。今日ここまでの数日間を反芻して、記憶して、宝物と共に果てようすると、いつの間にか唯人のことばかり考えている。

ねえ、唯人。

「きみと過ごしていたあの時が、好きだったんだな。僕もさ」

腰まで水が上がってきたが、歩みは止めない。
ゆっくりと、この町の景色を焼き付けるように。

ふらふらと歩いていたが、そこまで離れなかったのだろう。彼と共に、戦いに赴く前の広場まで戻って来たらしい。
あるいは、女神の最期の施しか。

「母なる神よ、まだ私の声が届くなら、どうか聞き届けられたし」

中央で足を止める。じわじわと上る水面を感じながら、空へと語りかける。

「貴女様の御許へ、還るわけにはいかなくなりました」
「我が名は--スノウ」

胸元まで迫った水面から、右手を引き揚げる。

「唯一人の愛し子と共に在るために、彼が生きたこの世界で、私は私として逝きます」
「どうか、そこで見守っていてください。……神とて、手出しは、許しません」

今、僕は一体どんな顔をしているのだろう。
唯人が見たら驚いてしまうかも知れないな。
でも、

「僕がこうしているのも、きみのおかげなんだよ。唯人」

神託でも祝詞でもなく、束の間でも、自分の言葉で、自分が考えたことを話す。それだけで、こんなにも学び、満たされている。きみとの関わりが、私を僕にしてくれた。

生まれ変わり、などと言うものが真にあるかは分からない。しかし、もしあるのならば、今度はもっと長く、きみと共に在りたいものだ。
だから、

「また会おう。唯人」

口許が水に封じられる前に言霊を贈る。
目を閉じ、頭の高さまで水位が達した感触を確かめてふわりと地面から足を離す。

彼との時間を思いながら、水没しきった世界を揺蕩う最期は、ムラでの禊よりもずっと安らかだった。