これまでと、これからと-ついったお題SS-

お題:懐中時計


今、掌の上で、古めかしい懐中時計が時を刻んでいる。
腕時計すらあまり馴染みがないただの学生である私は、それをただ眺めては時の経過に任せて思いを巡らせていた。

これは、祖父が肌身離さず持っていたものだ。

祖父が筋張った大きな手で毎日ちいさな螺子を巻いて、満足気に笑っては懐に入れて持ち歩いていたのを幼いながらもよく見ていたものだ。祖母や母に預ける様子を見た記憶はないが、なぜか私にはよく見せてくれて、時々螺子を巻かせてくれた。当時の私にとってはずっしりと重いが、おもちゃで遊ぶようで楽しかったものだ。

ここ最近見かけないと思っていた。祖父が入院しだしたから、抽斗にでも眠ったのだろうと軽く考えていた。もちろん母に連れられてお見舞いには度々行っていたが、重ねた会話の中でも何故か話題には出せなかった。


それから、祖父の灯火は緩やかに小さくなっていった。
一度容態が急変して、集中治療室へ入ってから会えていない。まだ入れてもらえる年齢ではなかったらしい。なので、久しぶりに再会した祖父とは言葉を交わせなかった。せめて、お別れしたかったのに。子供である自分を恨んでいた。


慌ただしく通夜が終わり、火葬を明日に控える中で祖母に呼ばれ、託されたのがこの懐中時計だったのだ。入院しても、集中治療室に搬送されても、手が動く限り螺子を巻いていたらしい。今際の際には流石に無理だったのだろう。手元のスマホを見ると若干遅れている。

「これは、おじいさんには持たせられないし、渡しておいてって、言われたから」

そう言って先程私にこれを握らせてくれた祖母の手の震えが、まだ感覚として残っている。
そんなことを考えながら、祖父との時間を考えながら、微妙に針の動きが遅い懐中時計を、ただ眺めていた。散々泣いたと思っていたのに、まだ涙が溢れてくる。ぎゅっと握りしめて、そのまま眠った。

翌日、空へと登っていく祖父を見ながら、制服のポケットに入れた懐中時計にそっと触れる。昨夜ひたすら泣いてちょっと整理がついたのか、なんとなく、ここにいてくれるという確信を持てた。

きっと、私が手放さない限り、この時計は時を刻めるのだろう。あるいは、もしかしたら、私が誰かにこれを託す日が来るのかもしれない。

その時まで、よろしくね。
なんて心の中で言いながら、そっと1人になれる場所を見つけ、少し遠くの壁掛け時計に合わせるようにして久しぶりに螺子を巻いた。
秒針の動きに沿うかちかちとした振動が、鼓動のように感じてなんとなく心が暖かくなった。