七転八倒 【笑話】
朝からどうも心の座りが悪いなあとは思っていたんです。寝坊したし、急いでたんです。そんな日は何をやっても駄目ですわ。
なあんかおかしいなあと思ったら、頭からストッキングをかぶっていたんですね。それで、パンティの代わりにマスクをはいていたんです。駅で人にジロジロ見られるから、おかしいなと思ってトイレに駆け込んで、鏡の前でひっくり返りそうになりましたよ。銀行強盗か! っつって。あわててパンティの代わりに穿いてたマスクを顔につけて、ストッキングを頭から取って足のほうに穿き直そうとしたんですけど、ああ、パンティがないなと。もうしょうがないかってんでストッキングも穿かずにそのままで。
それで、下のほうスカスカしながらもすかした顔して電車に乗って目的地は巣鴨へ向かったんです。電車に乗ったら乗ったでね、目的地にぜんぜん着かないんですよ。あれれおかしいなと思ったら、逆方向に向かう電車に乗っちゃってたんです。まあ、ありがちといえばありがちなことですよ。あわてて降りて、逆方向に乗り直してね、ふー、やっと着いたと駅の改札を出ようとしたらブーって残金不足。
チャージしなきゃ運賃足りないってんで、冷たい目で睨む後続の人にスイマセンスイマセンとペコペコしながら引き返しましてね。あの機械、ありますでしょう、チャージする機械、あれにカードを入れて、おサイフおサイフとバッグの中を探ったら、出てきたのは宅配ピザのチラシ。え? なんで? ってなるでしょう。探しても探してもおサイフがバッグの中にない。駅から外に出られない。どうしよう。あ、スマホでなんとかしようと思ってバッグの中を探したら、出てきたのはカップラーメン。もうね、ドラえもぉぅぉおーんって思いましたよ。
サイフもない、スマホもないってんじゃあもうどうにもならないから、今日は帰ろうと思いましてね。来た道を戻る電車に乗ったんです。駅員さんにこれこれあーでこーでとワケを話して、出してもらいました。もう自分に腹が立ってきちゃってね、どうしてこうもどんくさいかねとプンプンしながら歩いていたら、けつまずいてズッテーンとずいぶん派手に転んじゃったんです。穿いていたのは、お気に入りの風に揺れるスカートですよ。なによもう最悪って。そして、思い出したんです。今日、パンティー穿いてねえぞと。その瞬間、人生終わったなと思いましたね。なんまいだー。
死んだふりしてやろうかなと一瞬思いましたけれども、そんなことしてもどうしようもないんで、逆にスクっと立ち上がって何事もなかったかのように歩き出してやりましたよ。振り返らずに、前だけを向いて歩いてやりましたよ。ツカツカツカツカ、さっそうと。心のなかでは絶叫してましたけど。
でもですね、こういうのはですね、ひとっぷろ浴びて一杯ひっかけりゃあ、なんのこたあなあい、忘れられるもんなんですよ。もう知るかと靴を脱いで投げて、バッグも投げて、服もポイポイ脱いで、風呂入ってシャワーの蛇口をキュルキュルひねって浴びたら、水。あー、そーだー、ガス止まってたー。これはもう滝行だってんで、六根清浄。
真冬じゃなくてよかったですよ。それでもブルブルしながら修行を終えて、酒だ酒だと冷凍庫から出した氷をグラスにガリガリ放り込んで、冷蔵庫にある酒をトクトクついで、カラカラ回してグイッといったら、酢。のど焼ける、酢。
泣きませんよ。これぐらいのことで。いや、泣くでしょうよ。しみるしみる、酢がのどにしみる。むせるむせる、変なとこ入って涙出てくる。こめかみがキーンってなって、眉間にぐわっと血が集まる。なにかに変身できるんじゃないかって思いました。
こういう日はね、寝るしかないです。さっさと寝てリセット。悪あがきしない。諦めて寝る。それがいちばん。
明くる日、朝からのどが痛いんですね。昨日の酢のせいかなと思いたいところ、頭も痛いし熱っぽい。あー、風邪ひいたのかー、髪の毛は乾かしてから寝るべきだったなー、と、どうしようもない昨日の続きを今日も低空飛行。