「大人になれよ」の重さを再認識した今週の朝ドラ「虎に翼」
今日は綺麗な青空が広がる清々しい一日となりました。ただ、風が強くて洗濯物が飛ばされてしまい、拾うのに苦労したというマイナス面もありましたけど。
さて、……。
「大人になれよ」。あなたが人生に於いてこの言葉を一度も言われたことがないのなら、取りあえず幸いである。でも、自我がないと思われている可能性も否定できない。
この言葉は、親が我が子の成長を望む「這えば立て 経てば歩めの 親心」とは全く質が異なる。間違っても早く成長しろという意味を持ってはいない。そして好意的な感情から発せられる言葉でもない。
野暮を承知で細かく分析すると「損得を考えてものを言え」「立場を弁えて行動しろ」「私はあなたと袂を分かつつもりはないけど味方にはなれないよ」という意思が込められている。更には「私を苦しめないでくれないか」という苦々しい思いも含んでいる。
このようなことを考えたのは、今週の朝ドラ「虎に翼」の展開を一通り見たから。
普段視聴していない方に超概略ストーリーを書く。
このような状況は、男女格差の問題以外でも起こり得ることである。自分が正しいと思うことを伝えるのは大切ではあるのだけど、ここは「大人になれよ」という言葉がどうしても浮かんでしまう。
正しい・正しくないで考えれば、よねは正しい。私も全く疑っていない。しかし、正しいことを実現する為には、自分が実現できる立場に立つことが必要。
何かを変えるには、外から批判していく方法もあるのだけど、実は中に入って内側から動く方が実現可能性が高い。組織は外に対しては守りに入り拒絶的になるけれど、内に対しては意外と守りが弱いことがあるからだ。
また、言い方や伝え方も一工夫が必要。そういうのを含めて「うまくやる」ことが大事であり、ここでは「大人になって」まずは法曹の内側に入ることを最優先に考えて行動するべきだったし、そうしないで出された不合格の結果を残念に思った。
こういうことは、私自身も「身に覚え」があるので、観ていて痛かった。
歴史を振り返れば中国の戦国時代にいた屈原。剛直な性格であったが故に国王に諫言を疎まれて遠ざけられ、絶望して「汨羅」に身を投じることになった。
逆にそれよりちょっと時代が下がるが、秦の始皇帝の時代に喧嘩をふっかけてきた相手の股をくぐった韓信。彼はその後劉邦麾下の将軍となって秦を滅ぼした。
男でもこのようなことはある。何か大きな事をなすには、大人になることはやはり不可避だと考えている。
ただ、大人になった後に志をまで捨ててしまう人が少なくない。これはとても残念なことだと思っている。
お読み頂き、ありがとうございました。