親戚の通夜に出席しました
今日はよく晴れていましたね。午後に近付くと気温も上がり、夏っぽい雲が空に浮かんでいました。
さて、……。
実は一昨日、親戚の訃報が飛び込んできた。当初この記事を書き始めた時、「親戚」ではなく「遠縁」と表記していたところ、ふと「遠縁とはどういう人のことを言うのか」が気になって調べてみた。
その結果、客観的に納得できるラインとしては民法第725条に定める親族の範囲が「六親等内の血族」であることから、遠縁はその範囲から外れる血族と考えるのが妥当だということが分かった。
当該者は母の従兄弟、私から見ると5親等である。親族の範囲であり遠縁ではないということになる。
のっけから面倒なことを調べることとなったが、これもこだわる人からツッコミを受ける可能性があることを踏まえ、記載には正確を期したというだけである。
そして、本日がお通夜であった。六曜は友引だけど、お通夜は関係ないらしい。正直言って、その方とは幼少時に一度お会いしただけで普段は全く没交渉。だから当初は失礼しようかとも考えた。
自分の感覚としてはこんな感じなのだけど、あなたの感覚はいかがだろうか。この辺りは地縁・血縁の関係もあって人によって異なるところかも知れない。
でも、私はそうでも母から見れば従兄弟。母の名代として考えればやはり出るべきと思い、参列することにした。
有給休暇取得にも資するという若干俗な思いがなかったとは言わない。
プライバシーもあるので若干ぼやかすけれど、東京から斎場への最初の乗換駅は新潟の長岡駅。ここでピンときた人もおられるかも知れない。昨日記載した山本五十六の出身地である。
お通夜では親族席に座ったのだけど、私の従兄弟とその奥様2組以外は全く知らない方ばかりで、アウエー感が半端ない。ただ、それでも御斎の際には喪主から「よく来てくださいました」とお礼を言われた。
遠路はるばる来た者に対する儀礼と言えばそれまで。実は、その喪主は私との血縁はない。親族からは外れる方だとの思いが脳裏に浮かぶ。今後お付き合いが広がるとは思えないが丁寧に頭を下げ、斎場を後にした。
今は通夜なら余裕で東京から日帰りできる。時代は変わったと感じつつ帰宅の途についた。
葬儀に参列すると「仰げば尊し」のワンフレーズが脳裏に浮かぶ。
そのご家族との今生のお別れだと思ってしまうのである。
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