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女優

 テレビをつけると私の顔が映っていた。
 「速報です!女優の榊丸麻子さかきまる あさこさんが亡くなりました。速報です!女優の榊丸麻子さんが亡くなりました。詳しい情報はまだ入ってきておりません……」

 アナウンサーが興奮気味で発している言葉に耳を疑った。私が死んだと言われても、私は今、ジュースを飲もうとコップを握っているし、足だってこうして動いている。それなのにテレビのアナウンサーは私が死んだと言っている。

 「ちょっと待って……」

 一人暮らしの部屋で独り言を呟くのはいつものことだ。今もしかしたら夢の中にいるのかもしれない。私が死ぬはずがない。だって健康だし、どこも具合悪くないし、先週の人間ドックでA判定だったじゃないの。しかし少し前の記憶が無いのが気になりだした。

 オレンジジュースが飲みたくなって冷蔵庫に向かっていたら、何故か床に転がっていたトロフィーに躓き、自分の身体が一瞬ふわっと宙に浮かんだところまでは覚えている。
 昨夜、日本武道館で行われた『日本の女優2024』の優勝トロフィーは、その後の祝賀会でも何度も持たされ、何度もにっこり笑顔を作らされ、みんなに写真をぱちぱち撮られて疲れ切ってしまった自分と同じくらい疲れているはずのトロフィーだ。どこに置いたかはさっぱり覚えていない。

 そんなことを懸命に思い出していると、玄関の鍵がガチャガチャと開けられ、マネージャーのマキちゃんと事務所の社長が入ってきた。

 「社長!マキちゃん!」

 マキちゃんに駆け寄り抱きつこうとしたら、彼女の体を自分の体がすり抜けてしまった。私の声も聞こえていない様子で、マキちゃんは目を真っ赤にしながら社長にしがみついてずっと喋り続けていた。

 「麻子さんが死んでしまったなんて!それも昨夜のトロフィーに頭を打ってだなんて!マネージャーの私の責任です!」

 マキちゃんどうしてそんなに泣いているの?私はここにいるのに!トロフィーに頭を打った?私はそれで死んだっていうの?

 「嘘でしょ?!」

 私の叫び声が届くはずもない。

 「きっと苦しまなかっただろうって……それだけが救いです私!社長ぉ~~」

 マキちゃんの泣きわめく声に耳を塞ぎながら寝室の鏡の前に立ってみた。私は私のことが見えるのに、社長にもマキちゃんにも私は見えていないようだ。

 死んだのだ。

 どうやら自分は死んだらしい。死ってこんなに自覚がないものなのかしら。私はこれからどうすればいいのだろう。

 スマートフォンをタッチしてみたら画面が動いた。すり抜けなかったのは静電気かしら、霊気かしら、まぁそんなことはどうでもいいわね。

 Xを開いて自分のことを書いた記事をどんどん読んでいくと、自分の死因もわかり、ファンが悲しんでくれていることもわかった。これ以上、読む必要はなかった。

 「さて、これからどうしよう」

 そっとXを閉じ、私は玄関の外へ出た。冬とはいえ真昼の陽は眩しく、私は思わず目を細めて空を見上げた。

(終)

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