生成AIと触覚フィードバックで読書をDXする出版スタートアップInkitt
本noteでは、21世紀のディズニーを目指す出版スタートアップ、Inkittを紹介します。彼らはどのようにして出版業界にテクノロジーを取り込み、変革を試みているのでしょうか。
読書系スタートアップの星 "Inkitt"
Inkittはドイツのベルリン発祥の出版系スタートアップです。
現在は、サンフランシスコに本社を移転し活動しています。
同社は、SeriesCまでに合計$37M(日本円で55億円)を調達。
時価総額は既に$400M(日本円で約600億円)をつけています。
創業者はドイツ出身のAli Albazaz(アリ・アルバザズ)
Inkittの立ち上げは、彼にとって3回目の起業の挑戦でした。
元々プログラミングが得意だった彼は、大学中退後に立て続けに起業を試みます。しかし、1社目のフリーランスサービスのオンラインマーケットプレイスに挑戦し、失敗。2社目のライドシェアアプリはドイツでは先行しており、資金調達に成功したものの、現地のタクシー規制によって頓挫。
そんな苦難のうえに活路を見出したのが出版業界でした。
二連続の挫折という苦難の中で、ひょんなことから小説『アルケミスト』を読み、そのストーリーテリングの力に感動した彼は、世の中に眠るストーリーを発掘しようと出版業界のスタートアップを始めるに至ります。
ハリーポッターの作者JKローリングスが13度に渡り出版を断られたように、世の中に眠っている、まだ見つかっていないけど面白い作品達をテクノロジーの力で発掘することが彼のミッションだと考えたのです。
そのミッション達成の為、Inkittは、編集者の勘や主観依存で刊行が決まってきた出版業界にアルゴリズム分析、AIといったテクノロジーを持ち込み、業界に一石を投じました。
自費出版プラットフォーム"Inkitt"
そもそもInkittはどんなサービスなのでしょうか?
Inkittは、素人作家達が自由に文芸作品を投稿できるプラットフォームです。読者はプラットフォームに投稿された作品を無料で読むことができます。
日本で言えば「小説家になろう!」「アルファポリス」「カクヨム」なんかと似たサービスです。
そんなInkittの強みは、アルゴリズムを用いてベストセラーとなる作品を発見するシステムです。
各読者の1200以上の行動がトラッキング・分析され、(例えば、夜通し一気読みしたとか、ここまで読まれたけどその後ほぼ読まれてないとか)その分析に基づき、売れると判断された作品をAmazonにて製本して出版してきました。
実際にInkittで売れると判断され、Amazonで販売された書籍がヒットする確率はなんと65%に達するそうです。(もちろん、編集者による修正は加えられたうえの出版ですが、これは従来の20倍のヒット確率に及ぶとのこと)
このシステムを、第二のアプリとして横展開したサービスがGalateaです。
没入型電子書籍アプリGalatea
Galateaでは、Inkittに投稿された作品の中でベストセラーになると予測された作品を選び出し、モバイル端末向けの形式で、有料の短いチャプター単位で販売しています。
コンセプトは「Addictive Stories(中毒的なストーリー)をImmersive Reading(没入感のある読書形式)で提供する電子書籍アプリ」
このImmersive Readingが、Galateaの特筆すべき特徴です。
アプリを開いて作品を読み始めると、シーンに沿った効果音や音楽が流れ始め、数行ごとにシーンに合わせて変化します。
さらに、適宜バイブレーション等の触覚フィードバックまで。
まるで4DXの映画を見ているような没入感と臨場感を楽しむことができます。
体験としてはノベルゲームを想像してもらうと分かりやすいかもしれません。
また、Inkittと同様にGalateaではタイトルやストーリー展開、最初の一行やクリフハンガーに至るまで、作品のあらゆる側面でA/Bテストを実施することでより読者を惹きつける作品を作り上げています。
新規資金調達の背景
今回の調達では、生成AIを利用した出版の改革が評価されたと目されています。例えば、本の装丁を生成AIで作成し、どれが一番CVRが高いのかを高速にABテストして変更することが可能になりました
同社は物語を構築するために、OpenAI、Anthropic、Mistral AIのAPIを含む多くのLLMを実験しており、それらを中心に独自のカスタマイズを構築しているそうです。
また、すべての本はDeepLを主軸として10カ国語で自動的に翻訳され出版されます。オーディオブックにはElevenLabsの音声合成ソフトを、カバーアートには(Midjourneyからの乗り換え)Leonardoを使用しているそうです。
更に、Galateaは第3のアプリ「GalateaTV」内で人気の作品を縦型のBite-Sizedと呼ばれるショートドラマを制作して配信しています。
ショートドラマアプリのGalateaTV
現在、縦型ショートドラマ市場は"WEBTOON"と対比して、"WEBREEN"と呼ばれています。その市場の成長スピードはWEBTOONを追い越す勢いです。
近年日本でもWEBREENは、GOKKOやBumpなど色々なスタートアップが入り乱れ、レッドオーシャンになりつつあるのは皆さんもご存知のことでしょう。
一話一話が短めで、クリフハンガーも豊富に散りばめられているGalateaのストーリーはショートドラマの脚本として相性がよく、新たな収益元として期待を大きくかけられています。
おわりに
いかがでしたでしょうか?
斜陽産業と呼ばれる出版業界ですが、この記事で変革の萌芽を感じて頂ければ嬉しいです。