父、人助け。松の実と愛人さん。
小学生の頃の話。
よくお客さんの来る家だった。
田舎のせいもあって、いつも応接間にはお客さんがいて、知らない人たちが食卓にいることもしょっ中だった。
今もそれは変わりなく、知らない人が知らないうちに一緒に座って紅白歌合戦を観ていたりする。実家に帰ってだらしなく寝そべってテレビなど観てお尻を掻いたりしていると、近所のおじさんが後ろにいて、ギョッとする。
ろくなもんじゃない。
ある日、父の小さな会社で働いている男の人がやってきた。
その人の裸踊りを見たことがあるくらい親しい人だった。
いつもは一人でくるのだが、その日は女の人が一緒だった。
私はお客さんにお茶を出す役目だった。
いつものように挨拶をしてお茶を出すと、女の人は「ありがとう」と下を向いた。
母のもとに戻った私は、
「奥さん、わりと年離れてるね?」
と言った。
母は、
「奥さんじゃなくて、愛人」
と、するりと答えた。
あ
あ
あ
あ・い・じ・ん
瞬時に私の頭の中は祭りと化す。
家に愛人。
こんなスリリングなことがあるなんて。
もう一度見たい。
もう一度何とかして応接間に潜入せねばっ。
小学生の私にとって、愛人とは、もう、あれやこれやを乗り越えてきた人である。
計り知れないその人はもう、べつの生き物「愛人さん」なのである。
ワクワクが止まらない。
そんな私に、母は松の実の入った皿を渡した。
「はい、これ、応接間に持って行って」
私の家はなぜかよく松の実を食べていた。
そして、お客さんに必ずといっていいほど、松の実を出していたのだ。
私は松の実を持って行くことによって愛人さんにニ度目の再会を果たした。
尋ねて来た理由は、奥さんにバレたようで、どうしよう、一緒になりたい。間に入ってほしいという、よくある話だった。
子供の私が聞いてもたいして面白い話ではなかった。
しかも、父に相談することがそもそも無駄だろうと子供ながらに感じていた。
何しろ父ほどいい加減な男もそうそういない。
その辺のインチキ占い師に相談したほうがまだマシだったろう。
数日後、その男の人は会社のお金を持ち逃げして行方をくらました。
父は表沙汰にしなかった。
「うちが食べていけたらいい」とそういった。
しかし、その男の人は出戻ってきて、数年の内に2度、3度と会社のお金を持ち逃げしていったのだ。
それでも、父は1度も警察沙汰にしなかった。
出戻るほうも出戻るほうだが、受け入れるほうも受け入れるほうだ。
そうなると、どっちがバカなのかわからない。
最後は、根性比べのようだった。
その後、男の人と愛人さんがどうなったのかは知らない。
今思うのは、あの男の人にどんな魅力があったのだろうということである。
あの愛人さんは、小学生の私が出した松の実をどんな想いで口にしたのだろう。
松の実を見るたびに、私はあの男の人と愛人さんを思い出す。
その後も何度か、私は、父の友人の男の人たちの愛人さんや愛人さん上がりの女性たちがやってきた。
その度に、私は松の実を運ぶのだった。