父、泥酔。母に規制戦を張られる。
父は酒と煙草と人間をこよなく愛する男である。
しかし、愛しすぎて失敗することが多々あるわけで……。
ある朝のこと、父の部屋の入り口付近に、ビニールの荷物ヒモが張りめぐらされていた。
刑事ドラマなどで「Keep out」と書かれているようなテープである。
げげげ!?
何が起こったんだろうと覗きこんでみたものの、部屋の中は別段変わった様子はない。
ダイニングへ行くと、父はいつものようにニヤニヤとテーブルに座って貧乏ゆすりをしていた。
母は父に背を向け台所で黙って朝食を作っていた。
何がやらかしたな、と思った。
昨晩酔っ払って帰ってきた父。
きっとリバースしたに違いない。
しかし、一応、母にコッソリ聞いてみた。
「あの、立ち入り禁止みたいなテープどうしたん?」
「入ったらダメよっ!!!」
と、母は語気を強めて言った。
「吐いたん?」
と、念のため聞いてみた。
母は黙り、父はニヤニヤと笑っていた。
違う……。何か違う気がした。
母がお味噌汁を作りながら言った。
「テレビを壊したんよ」
「え?」
「トイレと間違えてテレビにおしっこしたんよ」
「……」
父は相変わらずニヤニヤと笑っていた。
酔っ払って寝ていた父は、尿意で目を覚まし、何をどう思ったのか、テレビのスイッチを入れておしっこをしたのだという。
母が気がつき、あわてて飛び起き、
「止めてよっ!!」
と言ったが、一旦放たれた尿道の蓋は閉まらなかった。
ご存知だと思うが、お酒を飲んだ時の尿というのは中々の量であったりするわけだ。
母は手で押さえるわけにもいかず、タオルで押さえるがそんなものは役にも立たず、慌てて洗面器を持って走ったが、間に合わず……。
結局、千鳥足でフラフラとしながら父のホースは大暴れ。
膀胱が空になるまで父の放水は続いたというのである。
そりゃ、母の機嫌は悪いはずである。
しかし当の本人、父は、
「わし、覚えとらん」
と、トボけたことをいうではないか。
そう、我が家ではやったもん勝ち。
トボけたもん勝ちなのである。
知らないと言ったらそれですまされる。
母にしこたま叱られるが……。
結局、母は夜中にひとりで片付けをし、立ち入り禁止のテープをせっせと張り巡らせたらしい。
妻の鑑である。
そのときから、刑事ドラマのあの立ち入り禁止のテープを見ると父の悪行が頭によぎるようになってしまった。
シモの話で思い出したが、私が小学校のころ、
「浜千鳥」という海の家兼カラオケ屋に行ったとき、父が隣に座る祖父のことを、
「うちの親父は70過ぎても下半身はまだまだ現役だっ!!!」
とその場でみんなにぶっちゃけ、祖父に後頭部を殴られていたことがやけに記憶に残っている。
40才も過ぎた父がまさかそんなくだらぬことで殴られるとは思いもしなかった。