父、暴走。踊る好々爺。
「父、暴走。踊る好々爺」
数年前の夏のこと…。
毎年 お盆になると、父は 子どもたちが生まれ育った家に戻ってくるのをとても楽しみにしている。
数日前から 私たちが好きな食べ物をたくさん用意して首を長くして待っていてくれるのだ。
ハチャメチャな父も、家族が集まると好々爺の微笑みを絶やさない。
その夏もそうだった。
冷えたスイカを食べ、海へ行き、故郷ののんびりとした時間にひたっていた。
昼下がりには少し大きくなった甥っ子や姪っ子が居間に集まり、賑やかに走り回っていた。
そんな光景を目を細めて見守っていた父が 言った。
「今から、わしの ショーのビデオをみんなで観よう!」
父がその昔、本家の座○市の方の舞台に座○市のモノマネで共演させて頂いたときのビデオをみんなで観ようというのだ。
父は「正座して観なさいね」
と、私たちを促した。
駆け回っていた甥っ子たちや姪っ子たちも何が始まるのだろうとワクワクしてテレビの前に正座した。
父は、普段から機械音痴なのだが、そのときだけは張りきって、
「わしが操作する!」
と、リモコンをしかと握りしめた。
ビデオをセットし、画面を見つめる私たちの後ろで少し焦らしながら、ちょっと得意気にスタートボタンを押す父。
と、画面に映し出されたのは…
まさかの…
愛染 恭子…。
喘ぐ…喘ぐ…喘ぐ…。
父はものすごい速さでテレビの前に走りでた。
「止めろっ!止めろっ!」
慌てふためき、騒ぎ立てた。
しかし、リモコンは父の手中。
握りしめたまま、あちこちボタンを押す。
焦った指は音量ボタンを押し、喘ぎ声はますます激しくなった。
私たちは愛染恭子よりも父の慌てぶりにポカンと口を開け、義理の姉は 甥っ子や姪っ子の、目をふさぐべきか耳をふさぐべきかと試行錯誤していた。
しかし、次の瞬間、あろうことか 停止することを諦めた父がリモコンを投げ出し、画面の前に立ちはだかった。
愛染恭子を隠すために必死で小躍りを始めたのだ。
全裸で、ウチワで股間を隠しながらドドンパ(富士急ハイランドのアトラクションではない)のリズムに合わせて踊っている父の姿を何度か見たが、絶妙にその動きに似ている。
踊る父の後ろにはのけぞる愛染恭子。
なるようになれ…である。
そのとき、黙ってコトの成り行きを見つめていた母がおもむろにリモコンを拾いあげた。
「何をするやら…」
そう冷たく言い放って、母は停止ボタンを押した。
父はしょんぼりして、取り出されたビデオのラベルを確認した。
しっかりと「座頭市ショー」とタイトルが書かれていた。
父は「おかしいのぉ、おかしいのぉ」と繰り返し呟いていた。
まさか、上書き録画したわけではあるまいと思いながらも、父ならやりかねないなと思った。
幼い甥っ子、姪っ子たちは、スタートした直後にいきなり御開きとなったこの出来事がうまく理解できず、
「ビデオは?ビデオは?」
と繰り返したが…その後 2度とビデオ鑑賞会なるものは我が家では開催されることはなかった。
好々爺だったはずの父があっという間に好色爺いに成り下がった瞬間だった。
人生とは 儚い。
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