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伝えたいことを伝えるためにする「信頼貯金」~熊谷俊人X村中璃子【対談】②

全6回でお届けしている熊谷俊人千葉市長との対談「新型コロナとワクチンから考えるリスクコミュニケーション」の2回目は、「信頼貯金」について。「伝えたいことがあるのに伝わらない」「いいアイディアだからもっと多くの人に聞いて欲しいのに!」そんなもどかしい思いを持つことは誰にでもありますよね。伝えたいことを伝えるために貯めておきたい信頼貯金とは――?

村中: コロナもですが、子宮頸がんワクチンでもメディアが少数の“意見”を大きく取り上げることで、色んなことが逆転してしまいした。医学界としては、このワクチンを非常に安全で効果が高いと確信し、「これで日本でも大きな疾病負荷のある子宮頸がんを減らせる」という期待感を持っていたのにすべてが消えてしまった。「危ない」という方が多数になってしまったんです。

“意見”とはいってもワクチンを打った“後で”体調を崩した人は確かに存在しています。それを「ワクチンのせいだ」とする意見をサポートするごく一部の医師や弁護士がいるなかで、メディアは両論併記の名のもとに大きく取り上げ、むしろそちらが医学的に正しい評価であるかのような誤解が広がってしまったんです。

こうなったことに関し、医者はすべてのメディアのせいにしてしまいがちですが、わたしはもっと医者ができたことがあったのではないかと感じています。アカデミアが、本当の意味での「専門家の総意」をメディアや政治に伝わるよう働きかけるには、科学とメディアや政治をうまく連携させるにはどういう努力が必要なのでしょうか。

熊谷: 平時に発信することです。問題が起きてから「まずい」と言って発信したところで、正しい声は聞こえない。

たとえば、ドローンや自動運転の話もそうですが、実際に自動運転を開始して死者が出る前に、自動運転ではなく実際に人が運転した時には何万キロで人が1人亡くなっているのか、ということをちゃんと多くの国民に理解してもらわなきゃいけない。ふつうに人が運転すると2万キロで1人亡くなるけれども、自動運転であれば3万キロで1人亡くなる計算です、と。

自動運転で最初の1人が亡くなる前に言えば冷静に聞けるわけです。それでも反発はあるでしょうが、半分程度の人は冷静に聞けるでしょう。でも大抵はみんな、人が亡くなってからこういうことを一生懸命発信するようになるわけで、これでは遅いんです。子宮頸がんワクチンも、本当は接種が始まった時に、何人が打って将来何人が救われる計算になります、ということをぐわーっと言い続けなければいけなかった。

村中: 何でもない時に、発信しておくということは大事ですよね。ほかの例で言うと、BSL4ラボといって、エボラとかラッサ熱といった高度に危険な病原体の研究や実験を行える施設の問題もありました。世界のどの国でも持っているというわけではないそういった特別な施設を、日本は30年以上も前から持っていたんですが、それがどういう役割を果たすのものであるかを平時から国民に説明するということがうまくできないなかった。そのため、2014年に日本でもエボラ出血熱上陸の危機があった際にも、まだ一部の周辺住民が稼働に反対していて使える状況になかったんです。

ただ、子宮頸がんワクチンに関しては導入前に、学会や医師会、メーカー、それにメディアもかなり大々的にポジティブ・キャンペーンをうったのに、「ワクチンが人を救う」というニュースは当たり前すぎて人の耳に届かなかったんですよね。

一方で、「本来は人の命を救うはずのワクチンが人を傷つけた!」というニュースは大事件なので、すごく広がりやすい。このギャップがある中で、本当に伝えるべき情報を前に出すためにはどうすればいいのかというのはまた別の問題です。

日本では毎年子宮頸がんで1万個の子宮が摘出され3000人が亡くなっていますので、このまま子宮頸がんワクチンの接種が10年とまっていれば、日本には10万個の子宮が摘出されて、3万人の女性がなくなるという恐ろしい未来が待っています。今でも接種率は1%以下で、実際のところ、もう丸7年も事実上の接種停止状態にあります。こうなってくると、人って一度痛い目を見ないとせっかくのベネフィットも理解することができないのかなとすら感じてしまうのですが、コロナでもワクチンでも守れる命を守るために、防げるはずの被害をミニマムに抑えるために、政治の立場からできることは何でしょうか。

熊谷: 「未然の被害」というのは、なかなか見えづらいですよね。そこを見える化するには相当の信頼がなければならない。

子宮頸がんワクチンの問題はずっと解消したいと思っていて、所管とも当時からかなり議論していましたが、千葉市として個別勧奨の通知を出せたのは2020年になってからです。時間をかけて、少しずつ少しずつ滲み出すようにHPVワクチンをめぐる日本や世界の状況をわたしもSNS等で発信したりしましたが、これも政治家の仕事です。

信頼を勝ち取った人間が言う、これは日本に限った話ではありませんが、誰が言うかによって世の中では受け止め方が違うので、「信頼貯金」を持っている人間がしっかり発信していくしかない。

村中: 信頼貯金は、政治家だけのものではないですよね。専門家だってメディアだって、信頼貯金を蓄えていく必要がある。信頼貯金の考え方は、「本当に伝えたいことを伝えるにはどうしたらいいのか」「いいアイディアをよい多くの人に広めるにはどうしたらいいのか」といった、日常のコミュニケーションを考える際にも役立ちそうですね。

第3回「メディアと政界にプラスしたい「理系目線」に続きます。

BSL4については『新型コロナから見えた日本の弱点』(↑)の第5章「国策としてBSL4ラボを整備せよ」を、子宮頸がんワクチン問題については『10万個の子宮』(↓)をご参照ください。

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