見出し画像

アメリカが発掘した「富山県」のアビガン

新型コロナウイルス感染症拡大で注目を集めた、富士フイルムの経口薬「アビガン」。アビガンの歴史は、2009年の新型インフルエンザ、2014年のエボラ出血熱、そして2020年の新型コロナと、パンデミックの現代史と共にあると言っても過言ではありません。
 わたしは西アフリカでエボラ出血熱がアウトブレイクした2014年からアビガンの動きを追い、富士フイルムの関係者やアビガンを扱う研究者にも取材を行なってきました。また、私が現在働いているドイツにあるベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所は、アビガンのエボラ出血熱に対する動物実験を世界で初めて行った場所です。
 アビガンとのそういった長い付き合いもあり、2020年になってアビガンが新型コロナの治療薬候補として名乗りを上げた時には、わたしは多くの医師とも市民とも違う意味で「またか」と思ったし、アビガンの提供を前のめりに進める日本政府とアビガンに過大な期待を寄せる人々の熱狂に、ほかの医師たちが警鐘を鳴らすようになる少なくとも1カ月以上前から、孤独に警鐘を鳴らしていました。
 日本でのアビガンの治験は今月で終了の予定です。この連載「アビガンの光と影」では、資料も交えながら、単独のメディア記事や医学論文を読んでいるだけでは決して知ることのない”アビガンの真相”をお伝えしていきます。

「サンプルを提供して欲しい」
富山県中新川郡にある、富山化学工業の研究部宛てに1通のメールが届いたのは、2003年秋のこと。

差出人は、なんとアメリカの国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)だった。新型コロナに関してテレビでもよく見る、あのアンソニー・ファウチ氏が所長を務める、あのNIAIDからである。

NIAIDが欲しいと言ってきたのは、後に日本でパンデミック・インフルエンザ治療薬となる「アビガン」の原薬化合物「T‐705」だった。

アビガンは、2014年にエボラ出血熱が西アフリカで流行拡大し、9月に国境なき医師団(MSF)の看護師がエボラ出血熱に感染した際、他の治療薬と共に緊急使用されて回復したことで注目された。フランス政府は、2014年12月中旬から、ギニアにあるMSFの医療センターを拠点として、エボラ出血熱患者への試験投与を開始した。

しかし、アビガンの持つ数奇なストーリーのはじまりは、その約15年前、2000年までさかのぼる。

ここから先は

3,837字 / 2画像

¥ 980

正しい情報発信を続けていかれるよう、購読・サポートで応援していただけると嬉しいです!