告知のある死と突然死
大切な人と永遠に会えなくなってしまう。
それはとても辛く悲しく耐え難い。時として人から生きる力を奪ってしまう、そんな出来事だと思います。私は母の死後、心を患いました。
死別は辛い。では、余命を宣告された死と突然死、どちらがより辛いか。
比べられるものではないと思いつつ、考えてしまいます。
私の母は乳癌の全身転移で3年の余命宣告を受け、実際は2年で逝去しました。その2年間、母がやりたいことを叶えるため、私は身も心も時間も全てを母に捧げることが出来ました。沢山の楽しい嬉しい悲しい辛い思い出が、今の私には残っています。意識的に記録を沢山残したからです。ですが、母が亡くなるまで毎日「母が死ぬまで後何日……」とカウントダウンせずにいられない日々は地獄でした。生きることを諦めない母の隣で、母の死を意識しない日はありませんでした。毎晩、母に気付かれないよう声を殺して泣いていました。今でもその癖は抜けず、私は声を出して泣くことが出来ません。
一方、私には脳梗塞で突然親を亡くした友人がいます。20代で親を亡くしたという共通項で結ばれた私たちは、親への会いたい気持ちややるせなさを共有できる関係を築いています。ですが、突然亡くなってしまった親に何も出来なかったと後悔を語る友人に、どう言葉をかけていいか私は悩んでしまうのです。「急な死で現実を受け入れられない」「もっと親孝行したかった」そう語る友人を見ていると、余命宣告されていただけ私は恵まれていたのではないか、とさえ思ってしまいます。
どちらもも同じくらい辛い。比べること自体おかしいのだと思います。
後悔のない人生ってどこにあるんでしょうか。