ゴエモンという男
ゴエモンくんという友達がいます。
僕が所属している中華一番というヒップホップクルーのメンバーで、ヤンキー→ホスト→ラッパーというエリートコースをあきれるほどまっすぐに駆け抜けてきた折り紙つきのならず者なのですが、彼は本当に完全な天才です。
胸ぐらを掴まれた状態でヒルクライムを熱唱してボコられたり、レイヴイベントで大量の砂利が詰め込まれたリュックサックを背負ったまま遭難した末に蛍光色のゲロを吐いたり、会社の先輩のまえで顔面血まみれ状態でちんぐり返ししながら下痢便を噴射したり、彼の天才ぶりを如実に示すエピソードは枚挙に暇がありません。
とにかくバイブス一辺倒、バイブス一点張りで生きており、全てその瞬間の思いつきで行動する即興精神の塊であり、かつて僕らは親しみを込めて彼のことを『ジャズ』と呼んでいたほどです。
いわば侍です。
そしてこの男、大変な酒飲みでありまして、とにかく日がな一日酒を飲み続けています。
先日、かなり久々に会ったのですが、ドンキホーテで購入したという2リットルの水筒に、焼酎のポカリ割りをオン・ザ・ロックで詰めており、彼が歩くたびに水筒の中の氷がカラカラと鳴っていて、とっても涼しげでした。
しかもその日は気温が32度ぐらいあったんですが、厚手の長袖のパーカにヒートテックのタイツのみという、とても恒温動物とは思えないいでたちをしていました。
完全に侍です。
いや、征夷大将軍です。
んでこないだ、この夏、ゴエモンくんの身に起きた衝撃的な事件を伝え聞いたので、ぜひ皆さんにご紹介したいと思います。
ゴエモンくんはマンションに住んでいるのですが、いつものようにミラーボールを回して大音量で音楽を流しつつベランダで彼女と焼肉をしながら、カズーを吹いたり弾けもしないギターで弾き語りをしていたところ、ふいにインターホンが鳴りました。
ゴエモンくんが応対してみると、『焼肉しよ〜』と若い女性の声がきこえてきたそうです。
その時点でゴエモンくんはかなりの量の酒を召し上がっており、もうほとんど寝起き状態のテンションだったため、普通に友達が来たのかと思って玄関までノコノコ行きました。
しかし扉を開けてみるとそこにいたのは、見知らぬ窪塚似の青年と、見知らぬ黒ギャルでした。
完全に虚を突かれたゴエモンくんが立ち尽くしていると、
黒ギャルはこう言いました。
『ねえ、酒あるから肉焼かない?』
よくよく話を聞くと、なんでも彼らはマンションの隣人であり、
ゴエモンくんが盛り上がっているのを知って馳せ参じたのだそうです。
そして、自分たちも現在ベランダで飲酒をしているのでついては一緒に飲まぬか、ということなのでした。
当初、新手の美人局(つつもたせ)か、もしくはア○ウェイの勧誘ではないかと勘繰ったゴエモンくんは恐怖を感じたそうですが、遊びの誘いは断らない筋金入りのパーティー野郎である彼は、
『一旦準備するんで待っててください』といって、
ドンキホーテで買った2リットルの水筒に酒を詰めて、
彼女に『危ないかもしれないから財布とケータイは置いてけ』と告げ、
焼酎のポカリ割りが入った水筒と、彼女が最近ハマっているという“写ルンです”だけを持って、窪塚似の部屋へと行ったそうです。
かくしてゴエモンくんとその彼女、窪塚似、黒ギャルの四人はベランダで飲み始めました。
窪塚似は、なんと前々からゴエモンくんのことを知っていたそうです。
ゴエモンくんは音量MAXで音楽をかけながらミラーボールを回してベランダで騒ぐのが日課なので、それをたびたびマンションの階下から目撃していたということでした。
そして窪塚似は続けてこういいました。
『BUMP OF CHICKEN好きでしょ?』
ゴエモンくんは弾けもしないギターを弾き語りするのが趣味で、よくBUMP OF CHICKENの『embrace』という曲を歌っているのですが、それを何度か耳にしていたとのこと。
それからほどなく、窪塚似が働いている職場の店長的な人が来たそうです。
ゴエモンくん曰く、その店長的な人はWiiの初期キャラに似ており、デコピンしたら跳ね返ってくる系(?)のツラ構えをしていたそうなのですが、何かめちゃくちゃやばい人で、酒飲み終わったあと壁に叩きつけてグラスを割ったりするような、暴力性の高い人だったそうです。
とにもかくにもこの数奇な巡り合わせによって出会った彼らは、焼肉を始めました。
基本的には和気藹々とした愉快なパーティーだったそうですが、ゴエモンくんが部屋からミラーボールとスピーカーを持ってきて、
アフリカのめちゃくちゃ悪いヒップホップかなんかを流すと、
黒ギャルが『センスねえ』といってすぐさま曲を変えるという一幕もあったそうです。
ゴエモンくんはこの時点で黒ギャルにカチンときていたそうなのですが、
ボタンの掛け違いとはまさにこのこと、この出来事はのちに起こる大事件の布石となります。
そんなこんなでああパーティーの夜は更けて、酒を酌み交わし肉を焼き、楽しい時間を過ごしていた折、ふいにゴエモンくんがポロリとこういったそうです。
『いやー、これア○ウェイの勧誘じゃないですよね?』
すると、窪塚似が、急に顔を曇らせると伏し目がちにこう答えました。
『ア○ウェイは兄ちゃんがハマって大変な思いしたから、そのワード出されると嫌なこと思い出しちゃうんだよね。』
ゴエモンくんは基本的に繊細で心優しく、気配りのできる好青年なのですけれども、なんの前触れもなくサイコパスに変化することがあり、このとき絶賛サイコパスモードに突入していたゴエモンくんは調子こいて、ア○ウェイア○ウェイと連呼しまくったそうです。
『ア○ウェイじゃない証拠に名刺見せてください』とか言って名刺をもらい、それを破いて捨てるのを何度も繰り返したそうです。
『俺のことを雇わないと後悔するぞ』などという意味不明な供述をしながら。
さわやか三組もかくやという程にほがらかだった空気はたちまち不穏なものとなり、気がつくとゴエモンくんは全員に羽交い締めにされた挙句、マウント状態で首を絞められていたそうです。
しかしゴエモンくんは基本的に物理攻撃が通じず、目の中に一味唐辛子を入れられても余裕でフリースタイルラップができるほどタフな男なので、難なくこれを耐え抜きました。
あわや一触即発と思われましたが、まぁなんとかその場は一旦収まり(どうやって?)、またぞろ飲み始めたそうです。やがてゴエモンくんとギャルがふたりでコンビニへ買い出しに行きました。
ゴエモンくんの回想によれば、そのコンビニに行く道中も、コンビニの店内でも仲睦まじい感じだったそうなのですが、なぜかその帰路あたりから記憶がすっぽり抜け落ちており、ふたたび部屋に戻ってきたときゴエモンくんは血まみれになっていたそうです。なぜ血まみれになったのかは全く覚えていないそうなのですが、とにかく血まみれになっていたそうです。そして黒ギャルはめちゃくちゃブチギレまくっていたそうです。なんかよくわからないけどめちゃくちゃブチギレまくっていたそうです。
コナンくんすら解くことの出来ない永遠の謎に想いを馳せるヒマもなく、
ブチギレまくりの黒ギャルはゴエモンくんの彼女にこう言い放ちました。
『絶対コイツと別れた方がいいよ。』
そこから瞬く間に場の空気はふたたび悪くなり、
最終的にはその場にいた全員が包丁を持って対峙する事態に至ったそうです。
さながらクエンティン・タランティーノの『レザボア・ドッグス』です。
血生臭いにも程があります。
でもなんだかんだあってまた和解して(どうやって?)、最後は始発が出るまでみんなでゴエモンくんの部屋で飲んでいたそうです。
初対面→仲良くなる→殺されそうになる→和解する→血まみれになる→殺し合いになる→また仲良くなる
という行程を一晩で走り抜けるという、としまえんのジェットコースターもビックリの超展開ぶりです。
起承転結の“転”の部分があまりにダイナミックすぎます。起承転転転転転転結ぐらいいってます。何をどうしたらそうなるのか理解不能です。不条理にも程があります。もし他の友達がこんな話をしたら絶対信じませんが、ゴエモンくんはそういう時空の歪みを発生させる異能を持っているのです。
それから、その隣人とはどうなったのかというと、今もたまに飲むそうです。
首にくっきり残った締め跡を見た友人が、『やばいね』と万感込めてつぶやいたとき、ゴエモンくんは、『いや、でもいい人たちでしたよ』と平然としていたそうです。
彼は本当に天才だと思います。
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