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『ベイビーわるきゅーれ』を観て

(致命的なネタバレはないつもりですが、まだ未見の方は念のため御注意ください)

先日、池袋シネマ・ロサにて『ベイビーわるきゅーれ』を観た。ふたりの女性を主役に据えた、日常系×ヴァイオレンスなアクション映画なのだが、半年以上にわたる異例のロングラン上映を続けており、続編の制作も決定したヒット作である。

この映画のあらすじを簡単に説明してしまうと以下のようなものだ。


ある組織のもとで殺し屋として働く少女、ちさととまひろが、高校卒業を目前にして、“アパートを借りて就職活動をおこない、オモテ向きはフツーの社会生活を送れ”という命令を受ける。ふたりはルームシェアをしながら何とかカタギの生活を送ろうと試みるが、これまでの殺し屋稼業で染み付いた習性ゆえに、せっかく受かったバイトでも問題を起こして速攻クビになったりと悪戦苦闘の日々を送る。そんな折、ある事件をきっかけとして、ふたりはヤクザと闘うこととなる…。


こうして書くと『マンガ原作の実写版』のようなストーリーに見えるし、じっさい“殺し屋”という題材を日常系のフォーマットに載せた作品というのは『殺し屋さん』や『キルミーベイベー』や『殺し屋カナコの殺し屋生活』など、ギャグマンガにおいて幾つかの類例があるが、本作はれっきとした完全オリジナルの劇映画である。

その『マンガ原作っぽさ』や、一昔前のアイドル映画のようなタイトル、どちらかといえば地味な予告編なども相まって、なんとなく敬遠している御仁もいらっしゃるのではないかと思われるが(というかオレがまさにそうだった。スンマセン)、いざ観てみたらものすごく面白かった。

本作はダルい日常系会話劇とヴァイオレンス・アクションの二要素で構成されているのだが、そのどちらもが大変に魅力的で、双方がたがいを引き立てている。懐かしさと新しさと兼ね備えた、すばらしい娯楽映画だ。

本作のレコメンドを見ると『アクションがマジでヤバい』という評が多いのだが、実際アクションはマジでヤバい。

なんといっても驚くべきは格闘シーンにおける手数の多さだ。

マーヴェル・シネマティック・ユニヴァースの中でもとりわけアクション・パートが高く評価されている作品として『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(2014)』があるが、本作における擬斗はこれに比肩するレヴェルのスピード感だ。

将棋の早指しやパズルの早解きのような、知的な瞬発力に満ちた格闘シーンは、『日本で面白いアクション映画なんか撮れるワケないよ(笑)』という向きを黙らせる圧倒的なパウアがある。

本作は、細身の女性が銃やナイフや徒手空拳によって屈強な男たちをバッタバッタとなぎ倒してゆく映画だけれど、そういったタイプのアクション映画というのは無数にある。

古くは『コフィー(1973)』や『女必殺拳(1974)』、近年では『ルーシー(2014)』、『悪女(2017)』、『ブラック・ウィドウ(2021)』などがあるが、本作はそのどれとも違う。

純粋にアクション描写だけを抜き出せば『アトミック・ブロンド(2017)』がやや近いと思うが、アレは股間や頭部などの急所を執拗に狙う&それも何度も攻撃する。という戦闘スタイルを採用しており、それによって細身の女性が屈強な男たちを屠ってゆく場面に重厚なリアリティをもたせていた。

しかし本作におけるリアリティのあり方はそれとは違う。一発一発のパンチが、『ああ、これは効くわ』と思うような、ヘヴィで獰猛な画力(えぢから)に満ちているのだ。

主演のひとりである伊澤彩織氏は現役のスタントマンでもあるのだが、その身体能力たるや本当にものすごい。マイク・タイソンを想起させる高速のウィービング、柔術や軍隊格闘術をミックスした多彩な攻め方は、まさに圧巻のひとことである。

リアルとリアリティは違う。良いアクション映画というのは良いウソのつき方をしているものだが、本作の擬斗はそうしたアイデアがふんだんに盛り込まれている。たとえば総合格闘技における反則技として『相手の口内に指を引っ掛けて倒す』というものがあるが、これをアクション映画で観たのは初めてだ。とにかくあらゆる角度からアイデア満載の攻め方をする。

アクションは良いが、カメラワークがダメダメ。という作品はこの世にごまんとあるが、本作は撮影も非常に巧みかつ的確だ。痛みや息遣いまで感じさせるようなスリリングなアングルは、『ジョン・ウィック(2014)』を彷彿とさせる。

さて、前述した通り、本作の魅力はアクションだけではない。個性豊かなキャラクターたちがくりひろげる会話劇も実に魅力的だ。といっても含蓄のある名言が矢継ぎ早に放たれるとか、知的好奇心を刺激する高邁なトークが炸裂するとか、そういうことではない。

ダルいのだ。

深夜のファミレスでドリンクバーだけを頼んで延々とダベる若者のような、ひたすらにダルい会話が繰り広げられる。そしてそれがなんとも小気味好く、とても愉しいのである。

『稲中』やとんねるず、『THE3名様』や初期の宮藤官九郎を想起させる、終わりなき日常のリアリズムとモラトリアムがある。それだけに留まらず、本作の会話劇は“萌え”の感覚をも含有している。

といってもコレは、監督/脚本をつとめた阪元裕吾氏が、美少女コンテンツに特別造詣が深いとか、日常系アニメに憧憬があるとか、そういうことではないのではないかと思う。阪元裕吾氏は現在26歳(公開当時は25歳)の若き俊英であるが、この世代はオタクであることが完全にカジュアル化した世代である。

思い出してみてほしい、たかだか20年前は、オタクというのはハッキリと世間一般から隔絶されたマイノリティだったのである。美少女アニメというのは、ごくごく少数の人間が嗜むアンダーグラウンドなものだったのだ。だが今や、大手企業がゲームやアニメとコラボし、街を歩けばそこら中に美少女イラストが氾濫している。本邦においてオタクはもはや完全なマジョリティである。こうした状況は、20年前にはまったく考えられなかったことだ。

このオタクのカジュアル化現象は、『涼宮ハルヒの憂鬱』、『らき☆すた』、『けいおん!』の京アニトリプルパンチが大いに関係していると思われるが、まぁ本稿でそれは置いておくとしよう。

とにかく、オタクであることが何ら珍しくない世代であるゆえに、“オタク感”がデフォで搭載されているのだ。つまりは非常に正しい現代劇であると思う。

登場人物がボソボソ喋ってるんで、ところどころセリフがよく聞き取れなかったりもするのだけど、これは低予算ゆえというワケではなく、日常感を演出するための意図的なモノではないかと思われる。勝新太郎は初監督作『顔役(1971)』において、説明的なセリフは過剰であるとし、役者たちにいかにも演技めいた芝居をしないよう要求したが、本作もそうしたリアリズムを追求しようとしたのではないか、というのはオレの深読みだろーか(知るか)。

普段から腹に力を入れて喋る人間などいないし、我々が日常する会話は文法的には間違いだらけだ。

ほとんどアドリブのように見える会話も案外、事前にかなり細かいトコまで詰められているのかもしれない。

ダラダラ会話劇の名手として知られるクエンティン・タランティーノやリチャード・リンクレイターが、実はその間やフレーズまで徹底的にこだわり抜き、何度もリハーサルをしているように。

リアリズムといえば、劇中においてヤクザが、団子屋の主人の『おつりが200万円』という言葉をつかまえて、本当に200万円を払わせようとするシーンがあるが、ここも本当にすごい。

マジでこういうのある。

『全裸監督』のモデルとして知られる村西とおる氏は、かつてヤクザに“これはすばらしい作品です。感動して目から真珠の涙が出ます”といってあるハリウッド映画のヴィデオを謹呈したところ、その後ヤクザから電話がかかってきて、“いま、目の前に宝石鑑定士の先生がいる。これからあんたからもらったヴィデオを観て涙を流そうと思うんだけど、本当に真珠の涙が出るんだな?”と脅されたそうだが、そういうぞっとするリアリズムも本作には詰め込まれている。

また、本作のリアリズムの発露は会話のみに留まらない。ブルーシートが敷き詰められた拷問用のアパートがあるとか(拷問は掃除や撤収を速やかに行うためにその場がなるべく汚れないようにする。また、拷問というのは結構な長丁場であり、やる側もお腹が空くんで、近くにスーパーとかコンビニがある場所で行われると聞く)、硝煙の匂いを消すために香水を振りかけるとか、ナイフで腹部を抉ったらグリグリねじって空気を入れるとか、そういう考証もかなり細かかったりする。それが単なる小ネタで終わらずに、のちの展開で生きてくるあたりもすばらしい。

真なる小ネタというところで言えば、ふたりが住む部屋の本棚にある『ハンターハンター』や『嘘喰い(たぶん。実写化どうなるんでしょうね)』、『デュラララ!!』といった作品も、この作品の性質を表しているように思えるんですが、どうなんスかね。

ともかく長々と書いてしまったが、『ベイビーわるきゅーれ』は大変な良作であります。2月17日まで池袋シネマ・ロサでやっているそーなので、まだあなたも間に合うことができます。東京以外にお住まいの方も池袋まで観にゆきなさい。円盤化した際にはサブキャラのスピンオフドラマなども是非入れてほしいっス。もちろん続編も超超超期待。

オレの予想では、続編は男性との協力関係が描かれるような気がする。ダラダラガールズトーク&シスターフッド&序盤とラストで爆裂アクションな『デス・プルーフ』を撮ったタランティーノが、次作の『イングロリアス・バスターズ』で女と男の結託を描いたように。



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