「ハンガリー狂詩曲第2番」から辿る「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」
東京ディズニーランドのトゥーンタウンにあるアトラクション「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」を皆様はご存知だろうか。
1988年に公開された映画「ロジャーラビット」をモチーフにしたライドアトラクションである。
黄色いタクシーに乗って、トゥーンタウンのぐにゃぐにゃな世界観をぐにゃぐにゃ進むやつと言えばわかりやすいだろう。
このアトラクションではフランツ・リストの大人気曲である「ハンガリー狂詩曲第2番」が効果的に使用されていることをご存知だろうか。
この曲は映画の中でも一瞬使用されているが、決して映画のテーマ曲ではない。
そして、映画、アトラクションどちらにも「ハンガリー」という地域は関係ない。
それではなぜ「ハンガリー狂詩曲第2番」がアトラクションに使用されたのか、この楽曲の歴史とアトラクションのストーリーから考えてみる。
「ハンガリー狂詩曲第2番」について
この曲は、ロマン派を代表する作曲家であり、ピアニストであったフランツ・リスト(1811-1886)である。
リストはハンガリー出身だが、ドイツやオーストリアなどで育ち、しばしば「ドイツの作曲家」として評価されることもあった。しかしながら、ハンガリー人としてのアイデンティティは強く持っており、ハンガリーを題材とした作品を数多く作曲している。
また、彼は超絶的な技巧を持つ当時最高のピアニストであり、ピアノの魔術師とも称されるほどであった。その結果、自身のテクニックを披露するための超絶技巧が散りばめたヴィルトゥオーゾ的な作品も数多く制作した。
その集大成と言える作品が1851年に作曲された全19曲からなる「ハンガリー狂詩曲」である。
とりわけ第2番はハンガリー情緒あふれるメランコリックなシーンと、劇的で派手な展開があるシーンが組み込まれているため、初演時から大人気曲であった。
「ハンガリー狂詩曲」をまず聴くなら、「リストの再来」とも呼ばれているジョルジュ・シフラというピアニストの演奏が良いだろう。
楽曲構成
「ハンガリー狂詩曲第2番」は、哀愁漂う抒情的なラッサンと、激しくエネルギッシュで明るいフリスカの2つに分かれている。
1.ラッサン (Lassan)
調性: 嬰ハ短調
テンポ: 遅い、アダージョ
特徴: 哀愁を帯びた序奏部分で、ゆっくりとしたテンポと自由なリズムが特徴である。冒頭の旋律はゆったりとした哀愁を帯びた旋律で、自由な装飾音や即興的な要素が含まれている。
2. フリスカ (Friska)
調性: ハ長調
テンポ: 速い、アレグロ
特徴: 軽快でエネルギッシュな舞曲部分である。急速なテンポとダンス風のリズムが特徴で、明るく華やかな雰囲気を醸し出している。
どちらもハンガリーのヴェルブンクやチャルダッシュという舞曲から影響を受けていることが特徴である。しかし、異国情緒あるエキゾチックなラッサンと、派手でダイナミックで明るいフリスカは「ハンガリー」という地域性を考えずとも楽しめることが特徴だ。その結果、瞬く間に世界中がこの作品に熱狂したのである。
ライトクラシックとしての受容
ベートーヴェンやブラームスの交響曲のような「長大」で「重厚」で「硬派」なクラシック音楽作品に対し、より軽快で親しみやすいスタイルを持つ音楽を「ライトクラシック」と呼ぶことがある。
一般のクラシック音楽に比べて、聴きやすく、楽しみやすい要素を強調しており、「明確なメロディ」や「簡潔な構成」が特徴だ。
現在でも人気のクラシック曲はライトクラシックであることが多い。
「ハンガリー狂詩曲」が作曲された19世紀中頃は、クラシック音楽が庶民の娯楽に浸透しており、ライトクラシックの需要が高まった時期である。そんな中、キャッチーで楽しい本作品はライトクラシックのコンサートにピッタリであった。
また、管弦楽用にも編曲され、管弦楽曲としても親しまれるようになった。
上記動画はカラヤン×ベルリンフィルによる管弦楽版「ハンガリー狂詩曲第2番」。名演だ。
映画と結びついたライトクラシック
19世紀末、そして20世紀に差し掛かると数多くの映画が製作、上映されるようになった。
当然、その頃の映画はサイレントであるため、ピアノや足踏みオルガンの演奏、大規模な上映ではオーケストラによる生演奏伴奏とともに上映する形式が一般的になった。
初期の音楽は、映画のスピード感に合うラグタイムやフォックストロット、ワルツやポルカなど舞曲が中心であったが、映画の構成が凝ってくるとクラシック音楽などを用い、ストーリーを後押しするような役割も担うようになってきた。
また、上映前や幕間にミニコンサートも開催されることもあった。
それらで演奏された曲はいわゆる「ライトクラシック」であり、当然「ハンガリー狂詩曲第2番」も頻繁に演奏されたと推測される。
時代が進み、1920年台に差し掛かると、トーキー映画が主流に。
1928年には「蒸気船ウィリー」が公開。ここからアメリカのアニメーション映画文化が華開くことになった。
この頃になると、スタジオに劇伴オーケストラが常設されるようになり、多種多様な音楽が演奏されるようになった。
コミカルな動きに合わせて様々な音楽をつけていくことになるのだが、コメディ要素を強めるために、人気で馴染みのあるライトクラシックを引用することが多かった。
中でも「ハンガリー狂詩曲第2番」は曲の派手さから頻繁に使用された。
「蒸気船ウィリー」公開の翌年、1929年には「ミッキーのオペラ見学」にてミッキーマウスがピアノで「ハンガリー狂詩曲第2番」を演奏するなど、当然ディズニー映画にも使用されていった。
ここで面白いまとめ動画があったので紹介する。
時代を超えて様々なカートゥーン映画で登場した「ハンガリー狂詩曲第2番」のシーンだ。
「トムとジェリー」、「バッグス・バニー」、「ウッドベッカー」、そして「ロジャーラビット」などありとあらゆるシーンで使用されていることがわかる。
続けて観るとわかるように、どれひとつとして同じ音源は使用されていない。
録音済みの音源をただ流すのではなく、アニメーションに合わせて編曲され、使用されていることが特徴的だ。
映画「ロジャーラビット」について
いよいよ映画「ロジャーラビット」と「ハンガリー狂詩曲第2番」の関係について掘り進めてみよう。
「ロジャーラビット」は1988年に公開された実写とアニメーションが融合した映画である。
まさにカートゥン映画の全盛期である1947年のハリウッドが舞台となっている映画であり、当時の雰囲気が存分に伝わる素晴らしい作品だ。
また、様々なディズニー作品のキャラクター、さらにはワーナー、MGM、ユニバーサルなど会社を超えて名作キャラクターがカメオ出演するという非常に貴重な作品だ。
あらすじ
ロジャーという生粋のコメディアンが主役であるため比較的明るいように思われるが、サスペンス要素が強く、かなりブラックな一面も見えるか見応えのある映画だ。
ネタバレになるため詳細は伏せるが、殺人の動機に当時の都市開発が関わっていたり禁酒法時代の名残も見えたりと、1947年の世相が反映されていたりと面白い。
「ハンガリー狂詩曲第2番」の使用
劇中の前半、エディがジェシカの浮気調査にナイトクラブに足を踏み入れるシーンにて「ハンガリー狂詩曲第2番」が使用される。
このシーンではナイトクラブの演目としてドナルドダックとダフィーダック(ワーナー社)が「ハンガリー狂詩曲第2番」をピアノ連弾でどんちゃん騒ぎをしている。いわゆるこの曲「お決まり」であるはちゃめちゃな展開が楽しめる。
舞台となった1947年のハリウッド、カートゥーン文化を象徴する曲として「ハンガリー狂詩曲第2番」が選曲されたのだろう。
アトラクション「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」
さて、ディズニーランドのアトラクション「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」は、悪党イタチがディップを使ってロジャー抹殺を企み、ゲストもその世界に巻き込まれるという映画の世界観を追体験するようなアトラクションである。
キューラインのナイトクラブ
アトラクションのキューラインでは、映画にも登場したナイトクラブの楽屋などを通り、映画と同じようなショーのセットリストが組まれていることがわかる。
映画「ロジャーラビット」ではドナルド&ダフィーダックによる「ハンガリー狂詩曲」、ジェシカ・ラビットによる「Why Don't You Do Right?」のみ登場するが、このキューラインで全セットリストが判明するのは興味深い。(流石にディズニー社以外のキャラクターは出てこないが)
どうやら映画でエディがクラブを訪れた時は6番目の演目でかなり終盤だったことがわかる。
さて、セットリストのボードのすぐそばにはステージへ通じる扉があり、「ハンガリー狂詩曲第2番」のラッサン(前半部分)をドナルドが弾いている音が聴こえる。
と、同時にロジャーにイタチに狙われていることを忠告するジェシカの声も聞こえるが、セットリストから考察すると出番直前のジェシカということがわかる。
「ハンガリー狂詩曲第2番」選曲の意図を考察
そもそも映画のメイン曲ではない本曲がなぜアトラクションのテーマ曲になっているのだろうか。
推測ではあるが、アトラクションでは映画「ロジャーラビット」の世界観だけではなくトゥーンタウンのエリアを走り回っているという意味を重視していことが大きな理由になっていると考える。
映画「ロジャーラビット」だけではなく、概念としてのトゥーンタウンを表現したかったためトゥーン映画の象徴である「ハンガリー狂詩曲第2番」を選曲したのだろう。
アトラクション内での様々なアレンジ
このアトラクションは一貫して「ハンガリー狂詩曲第2番」が使用されているが、様々なアレンジが施されているため、一つの曲が展開されていることになかなか気づきにくいだろう。
まず、先述したキューラインにて前半部分であるラッサンが聴こえる。
キューラインを進んでいくとアトラクション本編の3つ目の部屋がチラ見えするのだが、ここについての音源解説は後述する。
アトラクションの本編はフリスカのパートから始まる。
ここのアレンジは本編の中で「ハンガリー狂詩曲第2番」だと最も気づきにくいだろう場面だ。原曲ではここのシーンがラッサンからフリスカへのグラデーションの役割を担っており、重く粘っこいテンポから軽快なテンポに変化するほか、単調から長調に変化していくのが特徴だ。
一方アトラクションのアレンジは「グラデーション」という意味合いを持たないため、自由に展開され、原曲にはない味わいになっている。
スウィングビートに乗せて、原曲のメロディをベースにサックスがアドリブフレーズを奏でるのがカッコイイ。
テンポはミディアムスウィング程度。少し重めのスウィングでダークな渋さが光る。
そして車はレストランに突っ込み、お皿をガシャガシャ割りなが突っ走る。
レストランを抜けると、ゴミ箱や消火栓がぐるぐる回転する陽気な路地に出る。
ここのシーンはキューラインからも見えるので、音楽もたっぷり楽しめるだろう。
フリスカで繰り返されるメロディをウッドベースが大胆に主張しながら突っ走る。
そのメロディの上に管楽器がオシャレなフレーズを重ねていきクラリネットがアドリブソロを気持ちよく重ねていく。
1940年台のジャズはまだクラリネットが花形楽器として活躍しており、ベニー・グッドマンやアーティ・ショウなどのクラリネット奏者がスターとして輝いていた。その雰囲気をそのままにした楽器編成だろう。
テンポはかなりハイスピードなスウィングである。
その後、紆余曲折あり空から急降下した先にはあべこべ世界に入ったロジャーが。
ここから一気にBGMは「ハンガリー狂詩曲第2番」の世界へ。
前二つの「ハンガリー狂詩曲第2番」のアレンジがある部屋と比べると、原曲のメロディがはっきりしているのが特徴だ。
管楽器が原曲のメロディを鳴らすのだが、もはやスウィングもしていない。
しかし、ドラムのリズムやピアノの装飾はスウィングしている。
この「ズレ」を違和感なく取り入れているアレンジが素晴らしい。
なぜメロディをハッキリさせ、さらに「ズレ」を生じさせたのか。
ヒントはこの次の部屋にあると推測する。
次に車が突っ込む部屋は、ギャググッズが大量にある倉庫だ。
いわゆるトゥーンの根源であり、象徴である「ギャグ」がある場であるため、トゥーン音楽の象徴である「ハンガリー狂詩曲第2番」をハッキリと聴かせたかったのだろう。また、リズムのズレもギャググッズのあべこべな雰囲気をより強調していると考えられる。
自動演奏オルガンの前を通過すると、一気にオルガンの音色に変化するのも面白い。
豪華絢爛な自動演奏オルガンは遊園地や公園に設置することが多く、メリーゴーランドのBGMにも使用された。
映画「ロジャーラビット」のクライマックスのアクションシーンでも、張り詰めた空気の中エディが自動演奏オルガンを作動させたことから、そのオマージュとして設置されていると考えられる。
このようなどんちゃん騒ぎの中アトラクションはエンディングを迎えるのである。
「笑い」と「狂気」が続く作品
ところで、アトラクションで「ハンガリー狂詩曲第2番」が強調される箇所は、イタチに追い詰められ、ゲストの身にも危険が及ぶ状況だ。にもかかわらず、陽気で楽しい音楽が支配し、ギャグに包まれているこの空間。楽しさと狂気が混在していることにお気づきだろうか。
映画でも身に危険が及んでいるにもかかわらずロジャーをはじめ、次々と「ギャグ」が散りばめられているなど、楽しさと狂気が混在していることが特徴だ。
いや、どれほど危機的な状況だろうと、「ギャグ」から離れられねいトゥーンの宿命でもある。
そのような状況が続けば続くほど、「ギャグ」が空虚になっていき、一気に形骸化していくのだ。
笑えない状況での笑いは時として「サイコパス」と表現されるが、「ロジャーラビット」の世界観はまさにサイコパスを堪能できる箇所が数多くある。
それを怖いと思うか面白いと思うかは人それぞれであるが、、、、。
私はそのような世界観が大好きである。
まだ映画を未視聴の方はこの機会にぜひ鑑賞してほしい。
ディズニープラスだけではなく、何故か2024年にAmazonプライムでも視聴できるのでお気軽に。