カルメンとフラメンコとタンゴと「TANGO」
日本を代表するマーチングバンド「Yokohama INSPIRES」の2022年度のショーを覚えているだろうか。
そう、「カルメン」を中心に構成された「TANGO」というショーである。
こちらはDCJでのショー映像。
ビゼーの「カルメン」に加え、「ファランドール(アルルの女)」も使用されている。
カッコいいショーですね!!
さて、ショータイトルが発表された時、「カルメン」に「TANGO」というショータイトルは不適切ではないかとずっと感じていた。
タンゴといえばアルゼンチン。
スペインを舞台にしたオペラ「カルメン」にタンゴは無縁だし、
どこを切り取っても「スパニッシュ」的な音楽であり、「どこが”タンゴ”だよ!!!」とずっと思っていた。
<どちらかというとフラメンコだろ!!>
きっと多くの人がそう思っていただろう。
では、インスパは「タンゴ」を知らないのか?
と、一瞬疑ってしまうが、そんなはずはない。
現在、最も有名なタンゴ作曲家と言っても過言ではないピアソラの楽曲は、2000年のショー「HEART OF THE IMMIGRANTS」(移民の心)で全編使用したり、2009年の「SPANISH RAIN」(スペインの雨)では、「リベルタンゴ」を使用するなど数多くのショーに用いられている。
もちろん、ピアソラの楽曲を扱う上で、タンゴのバックグラウンドに関して少なからず理解があるはずだ。
さすがに「カルメン」を「タンゴ」と安易に解釈することはないはずだ。
(ピアソラ=タンゴ と、定義してしまうと、タンゴ界隈から怒られます。ピアソラはスタンダードな王道タンゴの発展系であり、亜流です。理由は長くなるので割愛)
それではいよいよ本格的に「TANGO」のショータイトルが謎になってきたではないか!!!何かしら意図があるのか!!!
スパニッシュ音楽とタンゴ
先述したように<TANGO>のショーはスパニッシュ色が強く、とてもタンゴの本場であるアルゼンチンの要素は感じ取れなかった。
そのため、まずはスパニッシュとタンゴの接点を探ることにした。
タンゴの源流「ハバネラ」
カルメンの中でも有名な「ハバネラ」という楽曲がある。
誰もが一度は聴いたことある「ハバネラ」。
そもそもハバネラとは、音楽ジャンルの名前だ。
17世紀からフランスで踊られるようになったコントルダンスがハバネラの源流。
2拍子系の速い音楽が特徴であるコントルダンスは、当時フランスで大流行していた。
当時、フランス植民地であったハイチでは独立運動が起こっており、かなり荒れていた。そして、そこにいたフランス人はお隣キューバに逃げる。
そこで、コントルダンスとキューバのリズムが合わさり「ハバナ風コントルダンス」(contradanza habanera)が誕生し、キューバで流行するようにな流。
やがて、ハバナ風を表すハバネラと呼ばれるようになった。
キューバは当時、スペインの植民地であったため、スペインを経由し瞬く間にヨーロッパにハバネラが伝播していったのだ。
19世紀半ばごろから多くの作曲家に取り入れられ、カルメンの他、ラヴェルやサン=サーンスもハバネラを取り入れた作品を作曲した。
ハバネラは
♩. ♪♩♩
というターン・タ・タンタンというリズムがベースになっているのが特徴である。
さて、ハバネラは南米に輸出されると、カンドンベ(アフリカン音楽)、ポルカ(ワルツ)やマズルカ(ポーランド)など多種多様な音楽と混じり合いついにタンゴが形成されたのである。
つまり、ハバネラはタンゴの源流の大事な構成要素であったのだ。
フラメンコとしてのタンゴ
フラメンコの一種に「タンゴ」がある。
そして、フラメンコタンゴは、アルゼンチンタンゴとは全く別物であり、2拍子系であることが特徴だ。
その頃、スペインでは中南米産の2拍子の音楽を「タンゴ」と総称していたため、音楽的にアルゼンチンタンゴと全く異なる。
フラメンコタンゴは多くの派生系があり、
タンンギージョ、ティエントス、ファルーカ、ガロティン、マリアーナス、タンゴ・デ・マラガ等に発展していった。
この動画のような二拍子のフラメンコが「タンゴ」である。
以上のことから、スパニッシュとタンゴは
・アルゼンチンタンゴの源流ハバネラがある
・フラメンコのジャンルに「タンゴ」がある
という接点がある。
カルメンとタンゴと「TANGO」
それではいよいよ「TANGO」のショータイトルがつけられてかを考察していく。
まず、オープニングのファーストプッシュに使用されている曲は紛れもなく「ハバネラ」だ。
しかし、先述したハバネラ特有のリズムである
♩. ♪♩♩/♩. ♪♩♩
のリズムは使用されていない。
そのため、ハバネラが使用されていることが「TANGO」のショータイトルになっている可能性は排除することにした。
可能性としてあげられるのは、フラメンコ・タンゴの要素である。
題材となった「カルメン」にフラメンコの影響があればかなり納得できる。
調べた結果、カルメンとフラメンコの関係についてわかりやすく解説されている下記記事があったので引用する。
https://flamenco2030.com/wp-content/uploads/2020/05/2019-09nani6.pdf
なんと、オペラ「カルメン」の原作である小説にも、オペラ本編にもフラメンコは登場していないということであった!
ただし、そこで描かれているタンバリンやカスタネットを鳴らす踊りはフラメンコの源流であるため、間接的な接点はあるとのこと。
ということで、一度答えに辿り着きそうになった仮説は見事に砕けてしまったのだ。
踊りとしてのタンゴ
「TANGO」のダンスはタンゴか
さて、音楽面からタンゴを見つけ出すことにことごとく失敗したため、ビジュアルからタンゴ要素を探すことにする。
「TANGO」のショーは主役となる男女が中心に置かれていることがわかるだろう。この二人に注目すると、タンゴのダンスに近い動きをしている箇所が多くある。
そもそもフラメンコは男性女性問わず、ほとんどソロで踊られているため、ペアでダンスをすること自体フラメンコとは遠い存在であり、タンゴに近いのである。
バラとタンゴとフラメンコ
また、ショーのラストにバラを差し出すシーンがあるが、
バラもタンゴの代名詞と言えるためタンゴと言える一つの理由である。
、、、、がしかし、タンゴ=バラ となってしまっているのはとある映画でバラを咥えて踊るシーンがあったため刷り込まれていった誤った認識だ。
そのため、タンゴ関係者に「やっぱりタンゴと言ったらバラを咥えるんでしょ〜」なんて言ったらとても嫌な顔をされるので注意しよう。
誤っているとはいえ、広く認知されているのも事実。
例えばこんな感じに、バラが印象的に使われている傑作シーンも多くある。
と、もっともらしくバラとタンゴを結びつけようとしたが、
フラメンコにもバラを咥えて踊るという誤った認識が広く知れ渡っている。
フラメンコのダンスにバラは登場しないのに、なぜそのような認識が広まったかというと
カルメンにバラが登場するからである!
1915年に公開された無声映画「カルメン」にてがホセを誘惑する際にバラを使用するシーンがあり、そこからインスピレーションが広がった説がある。
しかも、バラを使用しているのは日本発祥で、元々カシーという黄色い花だったが、日本で手に入りにくかったため、バラが代用されたとのこと。
先述したようにカルメンとフラメンコはほとんど関係ないのだが、日本人にはカルメン=スペイン=フラメンコと認知されてしまったらしい。
そして1977年ピンクレディーの「カルメン’77」もバラのイメージを色濃くした要因と言われている。
阿久悠が手がけた歌詞を見てみよう。
はっきりと「バラ」が描かれていますね、、、、
ん????
「バラの花 口にして踊っている イメージがあるというのです」
、、、カルメンはバラの花は咥えないけど、そんなイメージがついちゃっているよねっていう皮肉???考えすぎか。
ということで、フラメンコもタンゴもバラを咥えて踊るという誤った一般的な認識があるため、バラに関しては断定条件にならなかった。
結論:
「TANGO」のタンゴ要素は男女で踊るダンス要素のみ。
以上。
さらなる考察と推測
いや、納得できない、そんなはずはない。
ということで、改めて、タンゴフラメンコと「TANGO」について考えてみる
フラメンコに必要な主な楽器は
ギター
パルマ(手拍子)の伴奏
そして歌だ。
それに加え、カスタネットやカホン、踊り手が踏み鳴らすリズムも楽器の一つとして考えるとタンゴシューズも要素に加えられる。
それらの楽器から歯切れの良い鋭いリズムが織物のように色鮮やかに展開されていくのがタンゴの魅力だ。
ビゼーが作曲した「カルメン」はオーケストラを最大限に利用してドラマチックなスペインの情熱を表現しているが、タンゴとしての歯切れの良さは欠けていると言える。
しかし、「TANGO」のショーでは、バッテリー(主にスネア)がジャッキジャキと鋭いリズムを生み出し、カルメンをより「フラメンコ風」にカスタマイズしているではないか!!!!
そして2拍子系の箇所が多いため
「フラメンコ風カルメン」→「フラメンコタンゴ風カルメン」→「TANGO」
と名付けたのではないだろうか!!!!
いや、そんな弱い理由じゃ納得できない???
ではもう少し考察を続けよう。
中森明菜とタンゴとカルメン
なに、いきなり中森明菜を取り出してどうしたのさ。。。。
と、思うでしょう。
中森明菜とタンゴといえば1987年にリリースされた17枚目のシングル「TANGO NOIR」がある。
しかし、この曲、強調された四分打ちのリズム、サビの「タンゴ タンゴっ♪」というキメがかろうじてタンゴかなというくらいで、全体的にタンゴ要素は少ない。
しかし、「TANGO」と繰り返し強調している。
タンゴの音楽がないのに、タンゴと名乗れるということは、この曲を深掘りすれば見えていくのではないか?
「TANGO NOIR」の前年1986年には大ヒットしたシングル「ジプシー・クイーン」がリリースされていた。そして、そのB面は「最後のカルメン」という曲だ。
(…そういえばこの歌詞にも「黒髪に赤いバラ」とバラの描写があるな、カルメン=バラなんだな。。。)
ここではカルメンのステレオイメージである
官能的で情熱的で破滅的に恋に突き進む様子が描かれている。
さてここで、「TANGO NOIR」について解釈している記事があったので一部引用する
少々長い引用になってしまったが、「TANGO NOIR」の歌詞の世界観は「最後のカルメン」で確立した悪魔的で破壊的性格の女による第二章と言ったところだろうか。
カルメンの第二章に相応しい場面として選ばれたのが「タンゴ」である。
そして、数々の映画や文学作品にタンゴと悪魔的性愛を結びつけているシーンが登場するのだ。
<寒いタンゴは突如、熱いフラメンコになる>
熱さを抑えながらも沸々と煮えたぎる思いが秘められている音楽、それがタンゴなのだ。
再びの結論
「TANGO」のショータイトルには、カルメンがもつ情熱が、「美しい悪魔」に唆され、いたぶられ、のけぞるほど壊され、愛した男と命を燃やして死ぬまで踊る中森明菜のようなタンゴの世界に生き続けているという意味が込められているのだろう。
これは大変恐ろしい世界観でもある。まさかこのような深い意味が込められていたとは、、、、。
そう思ってもう一度ショーを見てみると面白いかもしれない。
おまけ
2023年度のIPU MARCHING BAND ショータイトルは「Tango」である。
動画の最後、ショータイトルとともに流れている曲は ピアソラの「新生五重奏団」期における最初のアルバム〈Biyuya〉(1979)より 「Chin chin(乾杯)」という曲。
後半のピアノとギターがめっちゃかっこいい曲。 ライブだとさらに暴れているので見てほしい。
まあ、ピアソラをタンゴの代名詞的存在として言い張ってしまうと、それは違うぞと厄介なタンゴ警察に怒られてしまうので、気をつけてください。
ダリエンソとかカナロとかプグリエーセとの存在も覚えといてください。
どんなショーになるか楽しみですね!!
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