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お母さんは魔法使いだから

わたしは晩婚だ。高齢出産でムスメを産んだ。

幼稚園くらいから始まる子どもの質問に「おかあさん、なんさい?」がある。わたしの周囲では、30 歳を超えているのに「18歳よ」とか「25歳」と、実年齢よりも若く答えている人が多かった。そして、子どもは必ず、外でそれを言う。「ぼくのママは、18さいとよ」「ふーん。うちのおかあさんは、25さいと。」(「と」は方言。この場合は「だ」に相当する)わたしは40を超えていたので、いくら若作りをしたって、とうてい10代や20代に見えるはずもない。子どもは騙せても、大人が聞いたら失笑されかねない。

ある日、ついにムスメが言った。「おかあさん、なんさい?」わたしは、なるべく素っ気なく当たり前のようにさらりと「725歳」と答えた。
「ななひゃくにじゅうごさいって、どれくらい?」そうだろうそうだろう。二桁以上は把握できないだろう。煙に巻いたぜ。してやったり。
「うーんとたくさんだよ。」

今思えば、ムスメは三桁を知らなかったとはいえ、数量の大小は確実に理解していたのだろう。「すごいねー。ながいきだねー」と、尊敬とも誇らしいともいえる眼差しでわたしを見た。そこでわたしは調子に乗った。
「お母さんは、魔法使いやけん、誰よりも長く生きとるとよ」
「へー!」
ムスメは喜んだが、魔法使いなんだったら何ができる?とか、これをしてくれ、という要求はしなかった。ただ「おかあさんすごい」と喜んでくれた。

8月のある日。大家さんが亡くなったと聞いた。すでにお葬式は終わったらしい。店子としては、お悔やみに行かねばならぬ。わたしはムスメを連れて、大家さんのお宅を訪ねると、奥さまが「どうぞ上がって。お線香をあげてくださいな」とおっしゃった。祭壇には大家さんの遺影と、お骨が安置してあった。
「春頃は、お元気そうでしたのに。」
「5月に病気がわかって、あっという間でした。歳は85でしたが、身体が若かったから、病気の進行が早かったって、お医者さんに言われたんですよ」

なぜか、そこでムスメの顔がパッと明るく光ったように見えた。
「おかあさんより、ずっととしがすくないね!」
はい。余計な理解力を発揮してくれてありがとう。奥さまは、
「あら、そうなの?ほほほ」と、『微笑ましいわね』と同時に『まだ何もわからないのね』の笑顔をくれた。

帰り道、ムスメに謝ることにした。「あのね。お母さんは、嘘をついとったとよ。本当の歳は725歳じゃないんよ。ごめんね。」「え?ほんと?」驚いた表情で、ムスメはわたしの顔を見た。「ほんとはいくつ?」「もっとずっと少ないとよ」と答えたら「ああ!そうなの?わかいんだ!よかったね!」と言った。ムスメよ。すまなかった。でもね。たしかにあのおじいちゃんよりは若いけど、他のお母さんたちよりはずっと年上なんだよ、とは言えなかった。

わたしはムスメの小さな手を握って、蝉の声が充満する雨上がりの道を歩いた。

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りかよん
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