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どうして

夢がだんだん複雑になっていく。毎朝、目が覚めてもしばらくは自分がどこにいるのかわからない。

昨夜の夢は、今すぐ誰かが父を殺さなければならないことになっていた。父は元気な様子だが、なぜかあと数日で死ぬことが決まっていた。父だけじゃない。もう一人、誰かを殺す。なぜかはわからないが、そうしないといけないらしい。

家族の他にも、親戚縁者、いろんな人が家を出入りする。まずは、誰かが一人死んだようだ。あんまり喜ばしくないが、ホッとする。死んだものも、殺したのも、わたしではないからだ。わかっている。そういう考え方は、ずるい。でも、わたしは誰も殺したくない。

できれば自分は手を汚したくない、というのはみんな同じだろう。でもここで父を誰かが殺さなければ、よくないことが起こるらしい。

わたしは自分の左足が腐っているのを見た。ふくらはぎが枯れ木のような色に変色して、だらだらと膿が流れ出る。どうしたんだろう。もしかして、父を殺すとこの腐敗が止まるんだろうか。足が治るんだろうか。自分のために、父を殺すのか。そんなことできるわけないじゃないか。

そうか、自分が死ねばいいのか。

うちは貧乏だから、足の治療費は出せない。父が死ねば治してもらえる、というのであれば、治らんでもいいから殺さないでほしい。

誰かが祭壇のそばに布団を敷く。ニコニコしながら父がそこに入る。若い頃の父だ。黒ぶちメガネをかけて、黒くツヤのある髪を七三に分けて、パリッとしたワイシャツを着ている。いやちょっと、待ってよ。父よ。まだ死ぬな。あと数日で死ぬのだから、それまで待とうよ。殺さないで欲しい。頼む。連れていかないでほしい。

足を見た。色が元に戻っていた。膿んでいたところからは、水のような液体が出ている。あ、治った、と思った。

父は?見ればまだ生きている。そうか。よかった。もっと父と話をしよう。ねえ、お父さん。

飲食店で何人かと食べながら話をする。同じテーブルに義兄がいる。お義兄さんは、父と軍艦の話をする。みんな笑っていた。明るい光に満たされていた。

目が覚めた。

夢の中では、父は完全に生きていた。ちゃんと歩いて、ちゃんと話をして、ニコニコしていた。父がもういないことを思い出すまで、しばらく時間がかかった。

今日は、父の七七日である。

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