漫才オーディション
わたしのエントリーナンバーは11番で、出場者は12組。毎週、最下位の1組が脱落する。これが何週目かはよくわからないが、少なくともわたしは相方のゆり子ちゃんと一緒に、勝ち進んできた。ところが、今日はゆり子ちゃんがいない。
オーディションが行われるスタジオは、窓が大きく、そこからは海水浴場が見えた。遠くの砂浜に何か仏像のような絵が見える。出場者は結果発表を待っていた。合格の番号が次々に呼ばれていく。「10番、12番」が呼ばれた。11番のわたしは呼ばれなかった。そうか…ダメだったか。その時、わたしは「ま、才能ないしね。仕方ないや」と思った。だが次の瞬間、合格者の喜ぶ顔を見て「あきらめたくない」と思い直した。せっかくここまで来たのだ。あきらめてたまるか。
不合格者には敗者復活戦がある。もう一度トライできる。よし。ゆり子ちゃんがいないけど、一人でなんとかやってみよう。出番まで15分しかない。コンビの漫才じゃなくて、一人でやるんだから、どうすればいいのか。
そこで、テレビでよく見る漫才師が現れた。「自分、なんでお笑い芸人になりたいと思ったの」そこを聞いてくるか、とわたしは冷や汗をかく。「えっと…」その先が続かない。わたしはマイクに繋がっているコードのカバーをはずし始めた。「おい、やめろや。」その人が怒った顔でわたしの頭にげんこつを落とす仕草でヒュッと拳を下ろした。が、寸止めで手のひらをスッと開き、頭をなでなでした。一瞬の緊張と、そのあとの緩和。これが『笑い』なのか。漫才師が言う。「げんこつが落ちるとき、一瞬、硬くなるやろ?そん時の気持ちを表現してみ。」わたしは言葉をかき集める。「ええと、金属の小さな板が次々に体を覆って、カシャンカシャンカシャーンって、最後はまるでロボコップみたいになります」「そやろ?な?そんでどうなる?」「完全にカッチカチに緊張したところで、なでなでされたら、それがパラパラっと剥がれ落ちて、ふにゃってなります」「な?それだよ」
わたしは思った。一人しゃべりでどこまでいけるかわからないし、相方のいない漫才は成立するかと言えば難しいが、やれるところまでやってみよう。そして、わたしが今できるすべてを出し尽くそう。
頭の中でシナリオを考える。早くしないと再戦までの時間はほとんどない。こうなったらぶっつけ本番だ。すべってもいい。熱量を高く保て。ゆり子ちゃんがいないから、もう一人芝居だ。ゆり子ちゃんのセリフも込みで、わたしは脳内でボケとツッコミを再構築する。
緊張感がMAXだ。ブザーが鳴る。マイクの前に立つ。審査員は冷ややかな目でこちらを見ている。さあ、始めよう。わたしは自分で自分にげんこつを落とした。「いてっ!ちょっと、なにすんのよ!」
そこで、目が覚めた。雨が降っていた。午前5時。また疲れる夢を見てしまった。