見出し画像

ごぶさた

昨夜の夢は、前編、後編に分かれた大作だった。前編は、本当にどうしようもない局面をひたすら我慢するという、夢の中でもこんなに感情がすり減るのかというくらい、疲れるシチュエーションだった。

ネチネチとしつこく、わたしに交際を迫るおじいさんがいた。いや、交際をしていた、というか。攻殻機動隊の荒巻大輔をだらしなくしたような風貌で、とにかく執拗に、わたしが心変わりをしたと責める。
「君はあのとき、あなただけがわたしをわかってくれると言ったじゃないか」とか「朝まで過ごしたあの夜のことを忘れたのか」とか「ぼくがどれだけ君のために尽くしてきたと思っているんだ」とか、全く、一ミリも心当たりのない話をしてくる。しかも、そこは職員室で、わたしの周りには先生たちがたくさんいるのだ。そんな話をここでして欲しくない。

延々とそのようなことを強い口調で言われ続けて、わたしは精神的にまいってしまい、もしかしたらそんなこともあったのかもしれない、と思うようになった。そして、ああだこうだと言い募るその年配の男性に、深々と頭を下げ、「申し訳ありません。過去にわたしが何か言ったのかもしれませんが、今はそんな気持ちではないので、もうお帰りください」と言った。しかし、その男性は激昂して責め立てる。「おかしいじゃないか、約束が違うじゃないか、わたしと一生添い遂げると言ったじゃないか」いやいやいや、そんなはずはない、わたしは結婚しているのだ。わたしは両手をついて土下座した。「申し訳ございません。お引き取りください。過去に何かあったとしても、今はもう違います。お許しください」そんな惨めな様子も、周囲の先生たちはスルーしていく。

後編、場面が変わって、先生たちと生徒たちが、別々の部屋に入っていく。どうやらここは宿舎らしい。「お疲れさまでした〜!おやすみなさ〜い」と、同僚の先生が畳のへやに入っていった。わたしは、「え?泊まるの?」と思うが、夜は更けていき、廊下の白熱電球が眩しく光る。

父がやってきて、「元気かね」とわたしに声をかけた。ああ、お父さん、どうしてここに?と尋ねると、「いや、どうしてるかと思ってね。久しぶりだから寄ってみた。困ったことはないかね」と言う。わたしはさっきまでの修羅場のような一幕を思い出しながらも、父には心配をかけたくなくて「大丈夫、何にもないよ」と答える。「そうかよかった」と、父はにこやかに立っているのだが、なぜか上下が紺色のブレザースーツを着て、ネクタイはせず、青いセーターをブレザーの下に着ていた。そして、若々しく、シュッとしていた。
「じゃあ、先に帰るね」と父が学校の玄関から出ていこうとする。車で来たの?と聞いたら、父は「そうだよ」と答えた。うん、先に帰ってて、後からすぐ帰るから、とわたしは声をかける。父がドアから出ていくとき、その背中に、駐車場代がずいぶんかかったんじゃない?ごめんね、と言った。父は振り向かず、「大丈夫だよ」と言う。そしてそのまま、夜の闇の中に消えていった。

そこで目が覚めて、すごく良い気分だった。まだ、父の声が耳に残っていた。あれ?父はもういないのでは?そうだ。亡くなったんだった。そして最期は声も出せず、枯れ枝のように痩せ細っていたのだった。たとえ夢の中でも、元気そうな父に会えてよかった。

思えば、父の一周忌はあとひと月後である。早いもんだ。

いいなと思ったら応援しよう!

りかよん
サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。