いいもの
福岡市は2024年末までに天神を一新する計画だ。すでにたくさんのビルが解体されて、すっかり天神の様子が変わった。ビブレやコア、ジュンク堂もなくなって淋しい。工事現場だらけの街を歩くのは、不思議な気分だ。
さて、この夏の終わりに、イムズビルが閉じる。『天神IMS』のIMSは、インターメディアステーションの略で、「新しいもの」「珍しいもの」「面白いもの」「美しいもの」「かっこいいもの」「可愛いもの」「おしゃれなもの」「おいしいもの」、とにかく「いいもの」を常に発信していた。
イムズがオープンした時、福岡には「ないもの」がたくさんあった。パルコ、ロフト、ハンズ、この3店は、東京に行くたびに「福岡にはないから」と、隅から隅までくまなく見て回った。
しかし、福岡に帰ってみると、「イムズがあるから別にいいか」と思った。東京に比べて、ものは少ないかもしれないが、8階までの吹き抜けを囲むように並ぶお店をグルグル見てまわり、あれも欲しい、これも欲しい、と眺めながら歩くのは楽しかった。ギャラリー・アルティアムには、「見なくちゃ」と思う展示がいつも用意されていたし、ギャラリーショップにはツボにハマるグッズが並んでいた。イムズホールではコンサートやライブ、芝居、落語などがかかっていて、おお、あの人が、というような人たちが出演していた。そして、地下二階の広場では、いつもイベントが催されていて、何かと刺激を受けた。
20代からずっと過ごした天神は、仕事でもプライベートでも、よく歩いた場所だ。毎日は、決していいことばかりでもなかった。そんな時、イムズのエントランスに辿り着いて、ホッとしたことが何度もある。実は、アルティアムのショップで友人のSちゃんが働いていたのだ。弱った心でエスカレーターに乗って8階へと昇りながら、Sちゃんのことを考えた。彼女の笑顔と話がどれだけ人を癒すのか、紹介し始めたら長くなるから割愛する。
「ごはんに行かない?」と声をかけて「休憩まであと30分あるから」と言われても、ここはイムズだ。時間をつぶすのには困らない。本屋、ペットショップ、雑貨屋、輸入生地とボタンの店、ギャラリーの展示を見てもいい。そうこうしているうちに、心もほぐれて飯もうまくなる。
8月31日、イムズが閉じる。正直、コアとビブレがなくなったときは、「淋しいな」とは思ったが、それ以上でもそれ以下でもなかった。イムズがなくなると「いいものが見れなくなるなあ」と思う。ビルにはカラーがあって、やっぱり、イムズはイムズだけでしかできないことをやっていたと思う。他にも好きなビルはいくつもあるのだが、イムズは特別だった。
たとえば今日、初めてイムズを訪れた人は、「ん?ただの商業施設じゃね?」と思うかもしれないが、それは違う。広告やフリーペーパーひとつとっても、全然質が違う。あくまでも、イムズは情報発信基地なのだ。あと、ひと月、楽しもうと思う。