クリスマス遅刻SS「クリスマスの千歳姉弟」

「いちたすいちはー?」
心から楽しそうな声に、どうしてこうなった!心の中で叫びながら努めて顔は平静を保つ。本当にどうしてこうなったのかしら。

***

「姉さん、もうみんな帰った?」
今日はクリスマスイブ。夜の朗読会も終わり、常連さんたちも三々五々うたたね書店を後にしたところで、裏方の手伝いをしてもらっていた弟から声をかけられた。
「ゆうと、そうね、もうみんな帰ったみたい」
「それじゃ、椅子戻しちゃうよ。お茶入れておいたから、姉さんはそれでも飲んで休んでてよ」
「ありがとう、そうするね」
喉も少し使ったので、私はありがたく淹れたての紅茶をいただくことにする。しばらくすると、あれ、と弟の声がするので目をやると、弟が何かを持っていた。
「カメラみたい。誰か心当たりある?」
今時珍しいフィルム式のカメラだった。朗読が終わってからみんなで写真を撮り何人かで撮りしていたので、つい持ち主に返しそびれてうっかり本人も忘れてしまっていたのだろう。
「心当たりはあるから、また今度返しておくね」
そう私が言うと、弟はカメラをこちらに渡さずににっこりとほほ笑む。あ、ゆうとかわいい、と心の中で思うがそうではない。私はこの弟の笑顔に勝てたためしがないのだ。このタイミングでその笑顔が出たということは、何か良からぬことを考えているような気がする。
「姉さん。折角だし写真撮らない?」

***

結局いつも通り私は弟の押しに負けた。まあ、一枚くらい増えてもどうせ書店に飾る写真が増えるだけだし、とかアナログな写真も味があって一枚くらい今の弟も撮っておきたいなあ、とかそういう打算もあったりなかったり。
「じゃあ、いつもの机越しに撮ろうか。姉さんは椅子に座って」
ぱしゃり、と音がしてシャッターが落ちフラッシュが炊かれる。
「やっぱり現像するまでわからないのはちょっと心配だね」
「でも、こういうのもわくわくしていいんじゃない?」
「姉さんはやっぱりこういうのが好きだね。僕もだけど。でも一枚じゃ失敗してるかもしれないから、もう一枚撮ろうよ」

***

いつの間に後ろから肩に手を回してるの!思わず私は弟のほうへ振り向く。にこりとこちらに笑みを向ける弟は無言でカメラのほうを目配せする。仕方ないとカメラへ目線を向けなおすも、私の頭は絶賛混乱中である。ゆうとの横顔が格好いい。早鐘を打つ胸に気づかれてはいないか。最近また手が大きくなった気がする。あったかい。気恥ずかしさにぼう、としてしまう頭を少し振り、すました顔を作るや否や再びフラッシュが炊かれた。撮り終わった後でタイマーが長かったことに気づく。まったく、こういうところは用意周到なのだから。
「ごめんね、姉さん。驚かせちゃったね」
「ゆうとったら変なことしないの!……今回だけだからね?」
カメラを返すとき、一番最後の写真は見ないで渡してもらうように強く言わなければならない。私はまだ収まらない動悸の中そう決意したのだった。

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