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現地採用通訳として

3年間勤めた日系企業を退職した。
ちょうどコロナがメキシコに入り始めた頃の入社だったので、初めの1カ月はまるまる出社せず、同僚に会ったのは、入社日から1ヶ月後だった。

初めの頃は何度も逃げ出したくなった。
通訳の仕事は好きだったけれど、知識がついていかなくて、ついて行っていない事に誰にも気付かれていないから、ついて行っていないと言えなくて、その状況が苦しかった。

通訳は一人だったので、愚痴ったり教えてもらう人もいなかった。

いたとしても、ライバルになるか心許せる同僚になるかはわからないから、今思うと一人でよかったなと思う。

でも、他の会社の人でいいから、この苦しさを分かち合える人が欲しかった。
会社の中でも「通訳」というどこの部署にも属さない特殊な職種ならではの、葛藤や悩みをただ愚痴りたかった。

社内通訳が一人で、日本人駐在員も一人だったので、その人(社長)の専属として、全ての部署の通訳をしなくてはいけなかった。
現場の技術用語はもちろん、技術が推し進めている自動ロボット化プロジェクトについても、品質管理、機械、さらに管理部、総務、営業、購買、ロジスティック、経理会計、あらゆる部署の専門用語を、日本語とスペイン語両方で覚える必要があった。

とにかく知らない単語はメモって、同僚に聞いた。会議やオフィス内でネイティブが使う言い回しを覚えて使うようにしたり、オフィスでのみんなの会話を流し聞きのラジオのように使って、聞き取る力を養っていったりした。

毎日毎日、勉強。
スペイン語だけでなく、会社の仕組み、流れ、3年間いてもまだまだわからない事だらけだった。

しかし私の一番のウィークポイントは、やる気がわかない事だった。
製造業というより、会社の扱う自動車部品に、どうしても興味を持つことができなかったし、この会社で出世したい、成功したいという気概も持てなかった。

メキシコの現地採用で、経験がなくても雇用されやすいのは、社内通訳であり、給与もそこそこ高い。スペイン語が通訳できるレベルであれば、未経験でも雇ってくれる企業はたくさんあると思う。(社内育成のために若い人を好む企業も多い)
しかし、入社後通訳職だけでなく、実務も経験させて、ゆくゆくは現地法人を任せられる人材にしたい(駐在員の代わりに)という企業はこのところ増えてきているとも思う。日本から駐在員を送るより、遥かに人件費節約になるし、言語もできて社内のコミュニケーションにも問題がなく(自分の意思で来ているので、現地の文化を尊重し許容がある人が多い)、スムーズな業務ができると踏むのだろう。
さらに、メキシコに来たくてきている人材は、いやいや送られてきた駐在員とはメンタルの強さも違うのかもしれない。
ただ一方で、企業人を好まず、組織というものに合わず辞めてしまう人も多いし、転職に抵抗のない人も多い。
人事としては難しいところかもしれない。


私がこの会社の退社を決めたのは、今年に入ってからだった。それまでも何度も転職を考えるほど、不平不満の日々だった。
よくある「アットホームな社風」と掲げられていそうな雰囲気で、プロフェッショナルさに欠けていた。噂や悪口が飛び交っていて、精神的にもあまり衛生的とは思えなかった。
明らかに会社に損害を与えるような行為をしても、何事もなかったように流されて、罰も注意も行われなかった(パワハラ、セクハラは当たり前)。
社内での問題追求も分析も、何もしないのに慣れていくうちに、私はここで何を目指して学びたいのかわからなくなっていった。
俗にいうぶら下がり社員で溢れていて、会社の悪い部分を他人事のようにいうだけで、何もしようとしなかった。
そのうち私もその一人になっていった。そして、もうそれは限界の合図だった。
もうここで働く意味はとうになくなっていたのかもしれない。

年明け、会社が大きく傾く事象があった。サプライヤーへの支払いが滞り、材料が買えず供給ストップとなり、生産ができなくなったのだ。
現地のメキシコ人は本社のせいにし、日本人はメキシコ人の無能さをまだ言葉ではなく態度でわからせようとしていた。
もうこの会社は、どうやって変えたら良いのかまるでお手上げのように見えた。
さらに翌月には社内で盗難があり、パソコンや高価な測定器具、監視カメラの保存ディスクが盗まれた。警察や当局の話では、雇っている警備会社のその日の当直がグルではないかと結論づけられた。グルという言い方をしたのは、主犯は内部をよく知っている人間ではないかということ。普通の盗みなら、止まっている社用車を盗んだ方が簡単なのに、そこには手をつけていないし、何故防犯カメラの画像を保存するディスクの場所を知っていたのか。
警備会社が知るはずはない(その日の当直は新人だった)。明らかに内部を知るものの犯行だった。

内部に渦巻く不満が溢れ出たのかもしれなかった。
結局、まだ犯人は誰かわかっていない。わかってもきっと解雇にはしない。できないのだ。解雇にする決断力がない。

上司に必要なのは、決断力だって誰かが言っていた。その社長本人だったかな。

会社で学んだことはたくさんあった。
そもそもオフィスで働くことが日本も含めて初めてだったので、非常識なほど知らなかったルールを学ぶことができた。
今までメキシコでは、語学講師だったため、人間性の嫌な部分、陰口、嫉妬、派閥などに遭遇することもなかった。

それはある意味お花畑で、現実はこう、海外移住または社会の真髄を感じられたと思う。