この美しい街に
仕事を変えようかなぁとぼんやり考えている。
ちょうど2年前の今頃、年末に受けたスカイプ面接の結果がまだ出ず、わたしは落ちたんだと半ば諦めていた。
海外で日本語教師なんて、その頃のわたしには夢の話、毎日スペイン語圏の国で暮らすことばかり夢見て、そのころの現実社会のことは実はあまりよく覚えていない。
たまたま紹介してもらった日本語教師の仕事は、憧れのメキシコだった。
スペイン語圏ならどこでもよかった。メキシコならなんとなくメキシコ人の友達もいたし、メキシコ料理も好きだったし、馴染みがあったのでなお良しだった。
だからそれが聞いたこともない小さい街であっても、わたしは全然構わなかった。
とにかく日本を離れて生きてみたかった。
それから二週間ほどして、合格の返事をもらい慌ただしく出国の準備に追われた。
家を引き払ったり、みんなとお別れしたり、人生の中でもわくわく楽しい数ヶ月だった。
着いたこの街は静かでほんとうに美しくて、自然に囲まれて、電車もなく交通機関はバスだけで、
東京に生まれ育ったわたしには、全てが新鮮で美しかった。
窓を開ければ山が見える。
ちょっと歩けばもう野原だ。
空気はきれいで、のんびりとしている。
今でもこの街が大好きだけど、
昨夜、着いた時から住んでいるこのホームステイ先の家で、ひとりふと思い巡った。
「わたしはずっとこの街にいるのか?
どうして?いたいのか?この街にどどまる理由があるのか?」
疑問がぐるぐるぐるぐる回って、結局出てきた答えは意外にもノーだった。
ずっとここにいたいという理由を、わたしはもう持っていないのだった。
その時まで気づかなかった。
それはまるで、ずっと好きだと思っていた恋人に対してもう恋愛感情がないと気づいた瞬間と、すごく似ていた。
ずっと生活だからなかなか気づかないのだ。
自分の気持ちもたまに、再確認作業しないといけない。
メキシコか海外では暮らして生きたい。
今までのように仕事をしながら。
でも、それはここじゃなくてもよかった。
わたしにはここに、離れられない家族も友達もいないのだった。
彼氏はいたけれど、もういない。
いたとしてもそれが歯止めになったとは想像できなかった。
彼のことは大好きだったけど、どうしても将来を描く関係に進展できなかったのだ。
それに初めにできた彼氏との、強烈な思い出がこの街にはあちこち転がっている。
サカテカスと言えば彼、この街と言えば彼なのだ。
たぶん時間が経てばそれは薄れるだろう。
他の人と恋をするかもしれない。
でも今のわたしは、そういう風に考えることができなそうだ。
なんというか、恋愛よりもっと自分に大切な何かがある気がしている。
ここに、この心の奥に。
今まで見て見ぬ振りしてきたここに。
新しい場所に行ってみるのもいいな、と思った。想像してみたら、それはすごく自然で気持ちが良かった。
もうサカテカスに、名残も、とびきりの愛着も、特にないのだった。
実際いつまでいるかわからない。
契約の問題もあるけど、わたしの中では答えはもう出ていることは確かだ。
それはとっても清々しい感覚だった。
東京を離れる決断をしたあのときのわたしみたいに。