劇団普通『病室』の感想メモ
2021年8月4日に三鷹芸術文化センター 星のホールで観た劇団普通『病室』の感想メモ。
作品は2019年秋、池袋スタジオ空洞での初演も観ている。舞台のレイアウトや美術の印象はその時と同じ。4人部屋の病室、白で統一された部屋。前後に2台ずつのベット、車椅子、お見舞いの人が座る椅子。ただ、舞台の広さや高さが違うせいか、初演時には空間にもうすこし閉塞を感じていた記憶がある。今回は壁の概念が薄れ空間が外に開かれている感じがするし、中央の窓が醸す開放感がある。
パジャマを着た4人のおとこたち、最初は患者でひとくくりの印象なのだが、そこに見舞いの家族達や看護師たちが紡ぎ込まれると曖昧に重なる病室内の会話の先からゆっくりとそれぞれの風貌や個性や彼らの過去が現れ始める。始まって暫くは病室のあまりかわりばえのしない日常の空気にも思えるのだが、やがてその風景に患者どうしやそこに訪れる人たちとの会話が重なることで、ひとりずつの個性がにじみ出し、異なる色を醸していく。風景は自然に解けて病室のひとときに患者達の記憶の巡りを導き、表見上の病室とは異なる質量や温度の起伏をもった空気が生まれに観る側をじわじわと巻き込む。
初演時には、患者達それぞれのエピソードにランダムに心のあちこちを染められるような感じがあって、同じ場にまったく異なった人生を歩む人々の日々の姿に訪れる孤独や達観が残ったのだけれど、今回はそれだけではない病室全体に生まれた新たな浸透圧があって、舞台の歩みというか淡々と流れていく病室全体の時間に揺蕩う細微な想いの現れ方や隠れ方にも多く心を捉えられる。上手く言えないのだけれど、家族の物語にも、患者達の記憶にも、後悔にも、希望にも、諦観にも、その先に彼らが眺める明日にも、初演にはなかった毛細血管に満ち干する鼓動のようなものがあって、それが現実を生きることとひとりずつの定まりきらない想いとのせめぎ合いとなり、時に観る側の記憶にも共振し心を揺らす。
今回もキャスティングがとてもよく、初演同様に訛りをナチュラルに操るなかでの登場人物たちの個性の作り込みの秀逸さに舌を巻く。家族や知り合い、病院スタッフを演じる俳優達にも患者たちが抱く今に至るまでの日々や時間を切り出し観る側に渡す刹那の作り込みの深さがあって、患者を演じる男優達が紡ぐ感情の鈍や高揚や滅失に観る側をふわっと鋭くしなやかに浮かび上がらせる。家族や知人、また病院のスタッフを演じる俳優達の訪問者に留まらない患者達の日々への色の醸し方というか病室の時間に奥行きを醸す実存感が、患者だけの時間の常なる時間に潜む呼吸の色を観る側に渡しているようにも思えた。二役を演じた俳優達のそれぞれのロールを描く表現の引き出しにも惹かれる。ふたりの患者それぞれの家庭の色を描き分けるその娘たちを演じた女優の人物造形の冴えにも目を瞠る。夫婦の関係や親子の関係にも解像度があり、病院の外の時間の編み方や、転院の患者をケアする看護師から垣間見える想いにも引きこまれる。
終演後の舞台には静かに流れる時間があり、でも、その白い景色のなかの様々な起伏が鮮やかに心に刻まれていた。そのときの病室での患者達の実存感がずっと滅失せずに残った。
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劇団普通『病室』
2021年7月30日~8月8日
@三鷹芸術文化センター 星のホール
作・演出 : 石黒麻衣
出演 : 用松亮 渡辺裕也 折原アキラ(青年団)
小野ゆたか(パラドックス定数) 函波窓(ヒノカサの虜) 安川まり
松本みゆき(マチルダアパルトマン) 小野寺ずる 石黒麻衣