彼女の描くストーリー
彼女の描くストーリー
りー
僕、市ヶ谷 亜理斗(いちがや ありと)は、小説が好きな、見た目は短髪で身長は170センチのごくごく普通の高校1年生。
文学部に入部して今までは読む専門だったが、書くことの楽しさを日々学んでいる。
部員は2人で寂しくもあるが気楽に過ごせるので気に入っている。
唯一の文学部部員、真田 香恋(さなだ かれん)は高校2年生で僕の先輩だ。
見た目はボブヘアで栗色の髪の毛をしており、顔はタヌキ顔でとても可愛い。
現文の成績が良い彼女は先生からの強い勧めで文学部に入部したらしい。
普段は週2回というかなり緩めに活動しているが、文化祭が近付いて来ると週4回以上は集まっては執筆を行なっている。
家で書いてもいいのだが、ストーリーの進め方や心情の描き方に苦戦した時、先輩にすぐ聞けるので、学校に残って執筆している。
先輩は家に帰るとやる気スイッチが切れてしまうらしく、学校で書いているそうだ。
今日は8月5日、夏休み中盤に差し掛かっている。夏休みで授業はないが、文化祭で出展する作品を部室で執筆している。
うだるような暑い日で、クーラーを使っても暑さは変わらなかった。うちの学校はかろうじてクーラーが付いているものの、職員室で一斉管理をされているため室温はしっかり28度あってかなり暑い。
「先輩、暑すぎません?」
「毎日暑いよね。これ使っていいよ。」
僕は香恋先輩から携帯扇風機を受け取った。
「これは良いですね。暑いから熱風だけど。」
「涼しい場所で使うから良いわけで、そこまで涼しくないよね。」
彼女は苦笑いをした。そして突然席を立ち上がる。
「じゃあさ、良い所に行こうよ。ついて来て。」
僕の手を引いて教室を出た。急いでカバンを持った。
「え?どこ行くんすか?」
「青春ごっこ!ほら!走って!」
階段を駆け上り、香恋先輩は笑いながら走る。僕は運動神経が良くないので、香恋先輩に追いつくのに精一杯だった。
走ってたどり着いた先はプールだった。お盆の時期は水泳部も休みで、誰もいなかった。
「よし!市ヶ谷くん!入るよ!せーのっ!」
僕と香恋先輩は同時にプールへ飛び込んだ。
太陽の光が水に反射してキラキラと輝いている。先輩は笑顔でこっちを見ていて何よりも輝いて見える。
「先輩、すごい元気ですね。」
僕は綺麗だとは恥ずかしくて言えないので、目を逸らしながら照れ隠しした。
「青春ごっこだからね。思いっきり楽しもう!これから夢について話して!」
「夢…ですか?小説や本に関わることです。」
叶うか分からないのに夢を大々的に話すのは気が引ける。
「私は小説家になる。ジャンル問わず、求められることを文章で表現するんだ!」
一切の迷いもなく輝いた目でそう言った。
本当に叶えられそうで、言葉にするのは難しいけど、彼女からすごい力があるようなオーラを感じる。
彼女は爽やかな笑顔で僕に水をかけた。僕は先輩でもお構いなしに水を勢い良くかけ返した。
「これぞ絵に描いたような青春ですね。」
僕が素直に思ったことを伝えると先輩は恥ずかしそうに笑い、クロールで泳ぎはじめる。
「待って下さいよ!泳ぐの早い!」
僕は先輩を平泳ぎをして追いかける。
香恋先輩はインドアな文学部だが運動神経も良く、中学時代は水泳部で試合に出るほどの腕前だったらしい。
話は聞いてたけど本当だったんだ。
2人で着衣泳という重すぎる水泳を30分くらい続けた。僕はぐったりして先に上がってプールサイドで横になった。
「疲れるの早くない?」
「俺はもう疲れましたよ。もう3時ですし部室に戻りましょうよ。」
こんなに濡れていてどうやって教室へ戻れば良いんだろうと考えを巡らせる。
「このまま乾くまで待つしかないでしょ。タオルも無いし、無理!」
ゲラゲラ笑いながらも泳ぎ続けている香恋先輩。着衣泳の重さを忘れて泳げるのは凄すぎる。
「今からでも水泳部に転部した方がいいんじゃないですか?泳ぎもすごくうまいし。」
僕は多彩な彼女に嫉妬して毒付いた。
「文才もあって水泳も上手い、おまけに可愛いだなんて世の中は不平等だ。」
香恋先輩は驚いた顔で振り返った。
「え?なんて言った?」
僕は心の声が出ていた事に気付いた。
「えっと…いや…心の声が漏れたというかなんと言うか。」
「可愛いとか思ってたんだー!意外ー!」
先輩は茶化すようにそう言ったが、顔が赤くなっていた。
「先輩が羨ましいです。器用に色んなことが出来るし、僕はタヌキ顔が好きなんですよ。」
「えー!告白?私ってタヌキ顔なんだ。知らなかったな。」
彼女はプールから上がり、僕の方へ歩いて来た。
びしょ濡れで 髪もボサボサになっているのに、太陽の光を吸収してより一層輝いてみえる。
「私は市ヶ谷くんの作品たちが大好きだし、こんな自由な私と仲良くしてくれるのも嬉しい。」
「ありがとうございます。こちらこそです。」
「これからは部員としても恋人としてもよろしくね。」
僕は不意打ちを食らい、目を丸くした。
まさか香恋先輩から告白されるなんて思いもしなかったから。
「頑張って告白してるんだから、返事位返してよ。これでもすごく緊張してるんだから。」
先輩はツンデレのキャラクターのような照れ具合で、最高に可愛い。
たまらなくなり、僕は彼女に抱きついた。
「…はい。よろしくお願いします。」
香恋先輩は強く抱きしめ返してくれた。
静かな時間が流れて2人だけの時間のように感じる。時間はあっという間に4時を回っていた。
「そろそろ帰りますか?制服も乾いてきたし。」
「うん。また明日。」
僕たちは恋人同士になった。
そして途中まで手を繋いで帰った。夢にまで見た青春。
「青春ごっこ」じゃなくて、本当の青春の始まりだ。
残りの夏休みも仲良く部室で執筆をした。分からないところを彼女に相談したり、僕にも相談してくれた。
図書館に行って調べ物をしたり、夏休みの宿題を教わったりと今までの学校生活の中で一番充実していた。
そして僕は
彼女との出会いから、夏休み一緒に過ごした日々をサプライズで書くことにした。
夏休みはあっという間に終わり、とうとう文化祭まで1週間を切っていた。
文学部が出展する作品を提出する日が来た。
今まで執筆したことのない推理小説で、知らない単語やトリックに関して彼女に相談して、何とか形になった。
彼女に提出すると、椅子に座って読み始めた。
すごい勢いで読み進めている。
僕は落ち着かないので部室から出て廊下に立っていた。
ガラガラと部室のドアが開くと、香恋先輩が立っていた。
「読み終わったよ!」
「ありがとうございます…どうでしたか。」
「頑張って書いたよね、お疲れ様。初めてにしては頑張ったよ!」
「ありがとうございます。これからも頑張って書きます。」
「これから一緒に書いていこう。」
香恋先輩は微笑んだ。僕は彼女の手を握る。
「先輩に渡したいものがあるんです。」
「2作品書いてたの?」
僕は「恋と夏の日々」というタイトルで彼女に提出した。
読み進めるうちに彼女はみるみる顔が赤くなっていった。
僕は読み終わった彼女にこう伝えた。
「僕の物語のヒロインになってください。」
「仕方ないわね。書いてくれたのは嬉しいんだけど、これを書く前に推理小説のクオリティを上げて欲しかった。」
彼女の言葉は照れてる中に鋭さを持っていた。
僕は素直に喜んでもらえると思っていたのに、推理小説の完成度について持ち出されるとは思わなかった。
「喜んでもらえると思ったのに、残念です。作品を読んでくれてありがとうございました。」
僕は感情的になる前に廊下を走った。褒めて欲しいわけではないし、期待もしていなかったけど喜んで欲しかった。
先輩は呼び止めたり、追いかけることもなくそのまま立ち尽くしていた。
僕は体力がないからすぐに立ち止まり、彼女に向かって叫んだ。
「追いかけてくれないんだ!」
「私が私の人生を切り開いて行くから!」
そう言うと香恋先輩は僕の元に走り出し、勢いよく抱きついた。
「ちょっと先輩!ここ学校だから!」
慌てて先輩を振り解こうとしたが、力が強くて振り解けない。
「自分の人生は自分で決める。だから貴方の思い通りには生きないの!」
かっこいいセリフを言いながら力強く抱きしめている。
「分かりましたよ。先輩が自由で芯が強いところが好きなんで。でも先輩、ここは廊下ですよ。みんなが聞いてる。」
ヒュー!とみんなが冷やかす音、歓声も聞こえてきた。
「2人とも付き合ってるんですか!」
「ドラマみたいでロマンチックですね!」
「香恋、かっこいいー!」
「ちょっと、恥ずかしいから!スルーするのもマナーでしょ。」
香恋先輩の友達が大声で叫んでいる。
あんなに堂々としてたのに、先輩は真っ赤な顔をしている。気付いたら僕から離れて主張してる。
ほっぺを膨らませてムッとした先輩はいつもの凛とした先輩とギャップがあって可愛い。
「学校の廊下で話してる僕たちが悪いですよ、先輩。」
「これから僕たちの物語を作っていきましょう。」
「うん。もちろん。」
そう言って手をにぎった。
香恋先輩は受験に向かって猛勉強していた。地元の国立大学の文学部を目指しているようで一生懸命だ。
僕はそこまで成績が良くなかったが、彼女に追いつきたい気持ちで勉強を始めた。
「図書館デート、楽しいね。大学生になったらたくさん遊ぼうよ。市ヶ谷くんが大学生になるまで付き合うからさ。」
「ありがとうございます。頑張って大学生になるぞ!」
季節は移り変わり、彼女は国立大学の文学部へ合格した。
その次の年、香恋先輩の勉強の教え方が良かったおかげもあり、
僕は彼女と同じ大学に補欠でありながらも合格した。
大学生になると、好きな本を読んだり、一緒に執筆をしたり、大学の仲間を含めて遊んだりと沢山の思い出を作っている。
「人生は夢があるから楽しくなると思うの。
私はノーベル文学賞を生涯かけて目指す!亜理斗の夢は?」
「うーん。僕はライトノベルの作品を書いて、アニメ化させたいな。」
「良いね!楽しみだなぁ。」
彼女の描くストーリーは夢に溢れているだろう。
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