
冷徹社長と秘密の契約結婚〜待っていたのは癒しと溺愛の日々でした〜 第3話【漫画原作部門】
切れ長の目元、スっと通った高い鼻、形のいい唇。
どこか人形じみた美貌は、近寄りがたい冷たさをはらんでいて。周りが騒ぐのも頷ける。
そんな人が、今なんて言った?
「……あの、もう一度お願いしてもいいですか?」
耳に入った言葉が信じられなくて、思わずもう一度聞き直す。
早川社長は表情を変えずに再び言った。
「俺と結婚して欲しい、と言った」
聞き間違いじゃなかった。
結婚? 誰と誰が?
……私と早川社長が?
隣の高峰さんを見ても、既に承知のことだったのか驚く様子はない。
「……あの、いきなりどうしてそんなことに……?」
だってこの人なら引くて数多だろうに。
どうして……私?
「……そうだな、性急すぎた。
それはこれから説明しよう」
早川社長はそう前置きして話し始めた。
「まず、俺が提案するのは形だけの結婚……つまり、契約結婚だ」
「契約結婚?」
「ああ。互いの利益のために、結婚という契約を結ぶということだ。
その前に……まずは俺の体質から話さないといけないな」
“体質”それは恐らく、私が1番聞きたかった話だ。
「君もその目で見た通り、俺は体が犬……ポメラニアンに変化する特異体質だ。
詳しい原因は分かっていないが、ストレスや疲労が溜まると自分の意思に関係なく変化してしまう」
人がポメラニアンに変化するなんて、にわかには信じ難い話だ。
けれど早川社長の言う通り、私はその瞬間を目の当たりにしている。
「じゃあやっぱり、あのポメラニアンは早川社長だったんですね」
口ではそう言いながらも、目の前の冷徹社長とまで呼ばれる人と、あの愛くるしいポメラニアンが同一人物だなんて……信じられない気持ちだ。
「そうだ。
あの時は不慮の出来事だったから、君のおかげで助かった。……それで」
早川社長は一度言葉を切り、私をじっと見つめる。
「俺には今、なるべく早く結婚しなければならない事情がある。だが問題となるのは、この厄介な体質のことだ」
「……厄介……」
確かに、自分の意思とは関係なくポメラニアンになってしまうなんて、どれだけ大変だろう。
「こんなことが知られればどう利用されるか分からない。だから俺のこの体質を知るのは、この世でたった2人。
高峰と……そして、君だ」
……もしかして私、とんでもない秘密を知ってしまったのでは……?
いわば早川社長のトップシークレット。
ただの庶民が抱えるには重すぎる。
頭を抱えたい気分だった。
「昨日の礼がしたいというのは本心だ。だがそれに加えて、秘密を知った君を野放しにできないというのもあった」
ゴクリと息を呑む。
もちろんこの人の秘密を勝手に言いふらすような真似をするつもりはないけれど、そんなこと相手には分からない。
「何より、偶然とはいえ秘密を知る唯一の女性となった君こそ、契約結婚を提案するには適切だと思ったんだ。
……現在は恋人がいないということも聞いていたものでな」
「あ……」
そっか私、ポメラニアンの時の早川社長に「最近彼氏と別れたばかり」って愚痴ったりもしたんだっけ。
「その、ポメラニアンになっている時のこともちゃんと覚えているものなんですね……」
「……基本はそうだな。多少本能に引きずられることはあるが……人としての意識は保っている」
「そうなんですね……」
犬相手だと思っていたからこその言動が、今更ながら恥ずかしくなってきた。
生まれる沈黙。それを破るように早川社長が話を戻した。
「提案の内容を説明してもいいだろうか」
私が頷くと、早川社長が“契約結婚”について話し始める。
「期間は長くとも1年から1年半程度。
頼みたいことは偽装だとバレないための同居と、公の場での妻としての振る舞い。
それと……話した通り、俺は体が不定期にポメラニアンに変化する。
その際も飲食その他の身の回りのことは基本自力で行うが、若干の手助けを頼むことがあるかもしれない。
それさえこなしてくれたら、後は自由に過ごして貰って構わない。
同居はするが互いに無干渉として、性交渉の類もなし。
婚姻中の生活費は基本全てこちらが負担する」
早川社長は本当に、”結婚した“という事実だけが欲しいみたいだ。
「とはいえ、君の戸籍を傷つけることには変わらない。
だから離婚後は慰謝料として、今後も暮らしていけるだけの資金と、俺の所有するマンションの一つを君に譲る」
最長1年半の結婚(しかも偽装)で、それだけのリターンがあるとなると、
確かに私側にもメリットがあるように思う。けれど……。
「おおよその条件としては以上だ。
契約成立となった際には、詳細を記した契約書を交わすことにする。
……ここまでで何か聞きたいことは?」
「……あの、まだ私頭が混乱していて……ちょっと飲み込む時間が欲しいというか……」
「ああ。突拍子もない話だと分かっている。
よく考えてから結論を出してもらって構わない」
「ありがとうございます……」
私はそこで、気になっていたことを尋ねてみる。
「あの、差し支えなければ……早川社長がなるべく早く結婚しなければならない理由を聞いてもいいですか?」
早川社長が答える。
「そうだな……この歳になると周囲から結婚を勧められることが増えて、見合い話もチラホラと出てきた。
それらを断り続ける煩わしさからの解放、というのも一つにある。
だが一番の理由は……祖母がもう長くないんだ」
「それは、ご病気で……ですか?」
これまで変わらなかった早川社長の表情が、辛そうに少し歪んだ。
「そう。
俺は両親に代わって祖母に育てられた。
そんな祖母が、病気でもう先が長くないと宣告されている。
だからせめて……俺の晴れ姿を見るのが夢だと言っていた祖母の願いを、叶えてやりたいと思った」
「……そう、なんですね……」
私も、早川社長と同じようにほぼ祖母に育てられた子どもだった。
両親代わりに愛を注いでくれた大好きなおばあちゃん。
そんなおばあちゃんの死は、耐えられないくらいに辛く悲しくて……だからこそ“せめて最後の願いを叶えたい”
という早川社長の思いには共感できた。
冷徹社長と呼ばれるくらいに近寄りがたくて“住む世界が違う人”とばかりおもっていたけれど、
この人も誰かを大切に思う気持ちがある、ひとりの人間なんだ。
そう思うと、目の前にいる彼が急に近く感じた。
「話しづらいことを話して下さって、ありがとうございます」
「……ああ。
改めて、返事はすぐでなくていい。
答えが決まったら連絡してくれ。
裏に書いてあるのが個人用の番号だ」
「分かりました……」
早川社長が差し出した名刺を受け取る。
互いの利益のためだけの契約結婚。
考えてもなかったことがこの身に降りかかってきて、未だ戸惑う気持ちがほとんどだ。
でも少なくとも、この場ですぐに「NO」と答えを出すような拒否感は生まれていなかった。
「……いい返事を期待しているよ」
早川社長はそう言って微かに微笑んだのだった。
あれからというもの、私はずっと悩んでいた。
早川社長との契約結婚の話を、受けるか受けないか。
好きでもない人と結婚なんて……そう思うのが普通だ。
以前までの、幸せな結婚を夢見る私であればもっと迷いなくNOの答えを出しただろう。
でも今の私には、恋愛や結婚に対する希望を持てない。
どうせこの先結婚もしないのなら……いっそこの話を受けるのもありなのでは?
高卒で就職した会社が急に倒産し、中々仕事も決まらなくて派遣に流れ着いて、
そして現在無職の私。
この経歴では例え再就職したとして、1人で暮らしていくのに精一杯の額しか稼げない。
離婚後にお金と住居が貰えるというのは、将来への保険として魅力的だ。
それに……私が結婚しようが離婚しようが、それを本気で気にかけるような身内もいないから。
早川社長の言った“祖母の願い”
あの話が本当なら、協力してあげたいと思う気持ちもある。
そうして考えた末に、ようやく私は結論を出した。
「……よし、かけるぞ……!」
自分を鼓舞して、私は発信ボタンを押す。
電話先の相手は早川社長だ。
緊張で鼓動が高まる中、数コール目でついに応答があった。
『はい』
「も、もしもし……お久しぶりです、宮内です」
『……ああ、久しぶり。
連絡をくれたということは、答えが出た?』
息をすうっと吸い込んで、私は早川社長へ告げる。
「はい。……契約結婚の件、私で良ければお受けします……!」
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