【小説】あなただけを見つめてる
ある暑い日のこと。
あなたは突然 わたしの目の前に現れた。
丸い透明な箱の中で、ゆらゆらと赤くて長い毛足を揺らしながら。
金色の縁に囲まれた大きな黒い目でじっとわたしを見つめていた。
わたしはあなたから目を逸らせずに、ずっとあなたを見つめていた。
「お母さ〜ん、ミケがず〜っと金魚見てるんだけど…」
「そりゃいきなり見慣れない生き物がいたらそうなるでしょ」
「ミケ〜、金魚食べちゃダメだからね?」
「心配なら最初から金魚すくいなんてやらなけりゃよかったじゃないの」
「だってぇ…」
「そもそもウチにたまたま古い金魚鉢があったからよかったけど、無かったらどうするつもりだったのよ」
「うっ…、ごめんなさい…」
ニンゲン達が何かを喋っているけど、そんな事はどうだっていい。
ただわたしはその日、いつの間にか眠ってしまうまでずっとあなたを見つめていた。
それから少し経った暑い日。
あなたはわたしではなく、黄色くて丸い大きな草を見つめていた。
ニンゲンが勝手に置いたのだろう。
おかげで彼がこっちを見てくれなくなったじゃないの!!
腹が立ったので、わたしはぷいっとそっぽを向いてふて寝する事にした。
「お母さん、あのヒマワリどうしたの?」
「キレイでしょ?お向かいの伊藤さんが庭に咲いてたのを分けてくれたのよ」
「へぇ〜、いいじゃん」
「でしょ?枯れたら種を取って、来年はウチでも育ててみようかなと思って」
「あ、それいい!!」
黄色くて丸い大きな草は日が経つにつれて段々茶色くなっていって、ある日 突然いなくなった。
彼はまた元の通り、わたしと見つめ合うようになった。
わたしはほっとした。
暑い日が来なくなり、逆に寒い日が多くなってきたある日。
何だか彼の様子がおかしい。
いつもはニンゲンがごはんをあげれば一目散に食べに来るのに、今日は全く口を付けようとしない。
………もしかして、具合が悪いの?
ニンゲン達に知らせなきゃ…!
「お母さ〜ん、なんかミケがずっとニャーニャー鳴いてるよ」
「う〜ん、ごはんはさっきあげたハズだし…」
「……あれ?キンちゃんエサ食べてなくない?」
「…確かにほぼ減ってないわ。病気かしらね…」
「えっ、どうしよう…」
「金魚に詳しい人が近所に住んでるから、ちょっと聞きに行ってみるわ」
『オカアサン』と呼ばれてるニンゲンは外に出て行った。
しばらくしてから全く知らないニンゲンを連れて戻ってきた。
見知らぬニンゲンは彼の住処である丸い透明な箱ごと彼をどこかに連れて行ってしまった。
待って。
彼をどこへ連れて行くの?
わたしは見知らぬニンゲンの足にしがみついて止めようとしたけど、『オカアサン』に抱え上げられてしまった。
その隙に彼を連れて行かれてしまった。
がっかりして窓から外を見れば、空からちらちらと白い物が落ちてきている。
こんなに寒いのに、彼はどこへ連れて行かれたのだろうか?
ひとりで寂しく凍えていないだろうか?
できる事なら探しに行きたいけど、ニンゲンがそれを邪魔するから無理だ。
ならせめて、もしも帰ってきてくれた時の為にあそこで待っていよう。
そう考えてわたしは、彼の住処があった場所で待つ事にした。
……………。
気が付くと、辺りはすっかり明るくなっていた。
起きて彼を待っていようと思ったのに、うっかり眠ってしまったようだ。
慌てて姿勢を正して定位置に座り直すと、そこには…。
──こぽこぽ。
いつものように泡を口から出して、わたしをじっと見つめる彼がいた。
「キンちゃん元気になってよかった〜!」
「山本さんが『もうあと2〜3日は水を塩水にしてみて』って言ってたわよ」
「わかった!山本さんにお礼言っといて!」
よかった、帰ってきてくれた。
安心したわたしは、鼻先をコツンと彼に向かって押し当てた。
そしてまた、暑い日ばっかりの日々がやってきた。
でも今度やってきたのは暑い日だけじゃない。
もっと厄介な、『ヤツ』が来た…!!
「ヒマワリ、キレイに咲いてよかったね!」
「うん、やっぱり家の中に花があるのはいいわねぇ〜!」
ニンゲン共め…、やってくれたな…!!
わたしが思っていた通り、彼はまた黄色くて丸い大きな草の方ばかり見つめるようになってしまった。
ヒマワリの花言葉
『あなただけを見つめてる』