【音声付き】機材師レビュー Vol.01:Rupert Neve Designs Master Bus Transformer
1、某機材への対抗か!?
MBTが世の中に発表された時、まず私が思ったことが「Rupert Neve Designs(以後RND)が作ったFusionだな。」ということです。
近年のミックス・マスタリング用アウトボード(主にレコーディングで使用しないもの)の中で空前の大ヒットとなったSSLのFusionを意識していないはずがないと思っています。
プラグイン全盛の現在、ミックスやマスタリング領域でアウトボードを多用するという状況は一時期に比べて少なくなってきていると感じています。
しかしながらSSLとRND、コンソールメーカーとしても名高い老舗アウトボードメーカーがマスターバスにアプローチするアウトボードをリリースしてきたのは偶然でないと考えています。
それはまさしく現代において実機でしかアプローチできない領域のキャラクターを付与するために存在しているのです。
その実機でしかアプローチできない領域についてこの記事で紐解いていきます。
2、MBTの各機能はこう使いこなせ!
ここでは実際に音を通した時に触っていく順番で解説します。実際の音は左から右に流れて処理されていきますが、実際の思考の順番はこの限りではありません。よくプラグインでもインサートの並びと実際に立ち上げてインサートする順番が違うという場面がありますね。
それと同様、このように複数の機能が1台にまとまっているものはどのセクションから触り始めればいいのかということも非常に重要です。
COLOR COMP
このセクションはNeveお得意のダイオードブリッジ方式かと思いきや、オプト方式なのですね。マスター系のオプト方式というと他の機種でもあまり選択肢がないタイプですね。
ステレオコンプの多くはSSLバスコンプからの流れでVCA方式となることが多いのですが、あくまで今回のCOLOR コンプはレベルを管理するためのものではなく、コンプがかかった際の「色付け」を重要視しているため、新開発のオプトになったと推察します。
本セクションを触ってみた所感ですが、
LOレシオだと素材に落ち着きと安定感を、HIレシオだと、うねりとグルーブ感を与えてくれるように働きますね。
100%WET設定の場合大きくリダクションさせるとポンピングが起こってしまうため、うーっすらリダクションさせるのが気持ち良いです。
逆に大きくリダクションさせる場合はドライ信号と混ぜてパラレル処理をするのが有効です。ドラムベースに積極的に手を入れていきたい楽曲はこのセクションの使いこなしが肝になってきますね。
WIDTH
本機種のWIDTHは一般的なステレオイメージャーとは様相が異なります。
少し難しい説明なので個人的にポイントをまとめると以下の通りです。
・ステレオの広がりの調整は(50 Hz ~ 800 Hz)のみで有効で低域のフォーカス感は維持される
・MBT の Width コントロールは加算のみなので、ゲインも同時に加算されていく
・またWIDTHのノブをMAXに近づけていくと、広がりだけでなく、EQやエキサイターのような高域にかけて煌びやかになっていく処理も同時に加算される
触った所感としては2mixの素材には本当に薄くかけるくらいでちょうど良いですね。かなり楽曲に華を持たせる機能です。
深めにかける場合、シンセやコーラスのバスに大胆に適用すると真価を発揮するのではないかと感じました。
そういえば似ている質感を持っている機種を思い出しました。500シリーズですがSPLのBiGですね。あれもかなり大胆にステレオを弄れます。
SUPER SILK
RNDの十八番「Silk」機能は音をジューシーでパンチを与え、心地よく歪ませることができます。同社のベストヒットとなったMBP:MASTER BUSS PROCESSORやShelford Channelなど必ず搭載されてきました。
今回のどこがSUPERなのか?
それはこれまではRED or BLUEのどちらかしか選べなかったのが両方それぞれのバランスで掛けれるようになりました。
さらにZENER DRIVEというダイオードベースのソフトクリップ回路も搭載されております。通すと柔らかく角が取れる質感が得られます。
REDは中高域に、BLUEは中低域に効果を発揮しますが、同時に使いたい場合今まで1台では対応できませんでした。
それがなんとステレオでRED and BLUE両方使えるようになったのが本機最大の魅力です。まさしくこれは実機にしか出せない旨味で、このSilkの音を求めて多くの人が同社の製品を使っている最大の理由ですね。
使い方は簡単でREDを強めればボーカルを中心としたリードパートがグッと前に張り出し、BLUEを強めればキックやベースの存在感と躍動感が気持ちよく増します。深くは考えず気持ち良いとこまで上げるという使い方が個人的には大好きです。
「どっちも掛けたらやり過ぎなんじゃないのか?」という意見が出てきそうなのですが、ご安心ください!両方掛け最高です!この後に音源も載せておきますので、SUPER SILKの威力をご体感あれ!
INPUT and OUTPUT
人間の聴覚は非常に曖昧かつ単純で、大きい音=良い音と認識してしまいます。ついつい処理をしていくと音量が上がってしまい、実機を通しているから良い音になっていると錯覚しがちです。
そんな時にはアウトプットの音量を絞って、バイパス時と音量が同一になるようにして公平に通すor通さないを判断しましょう。
またこの音量を揃えるのと同時に、最終音量が同じでもインプットを突っ込み、アウトプットを下げることでSilkをよりドライブできます。
またインプットを下げて、アウトプットを上げると、Silkの美味しさを付与しつつもクリーンでモチっとした質感に変化しますね。この手の機材は足し算の考え方をするものばかりですが、こういった引き算をしつつ、必要なキャラクターだけを足すための機能を持った機材は貴重です。
EQUALIZER
マスターバスのアプローチというのは人によって考え方は様々です。個人的にいつも考えているのが高域の空気感を司る部分と低域の量感のバランスです。
MBTに搭載されているのは2BandのシンプルなEQですが、一番最後に触ってみると上手く行きました。
なぜならSilkやWIDTHで低域や高域のエンハンスの効果が得られるからです。SilkやWIDTHで出過ぎたり、もう少し欲しい成分をEQで補正していくと理想のバランスの取れた質感になりやすい印象でした。
3、実際の依頼内容を想定して試してみた
<使用楽曲>
オトメモード / MINΛTO feat. nayuta
比較用音声として何も通していない2mix音声はこちら
A:For 2mix 「楽曲にもっとパンチが欲しい」
ひとまずRED,BLUEのSilkを気持ち良くなるとこまでグッと持ち上げる、そしてColor Compで軽ーくシェイプアップ。リリースは少し長めで楽曲のグルーブをゆったり感じられるように。ほんの少しのWIDTHで全体を明瞭に広がりを持たせ、EQで上下をさらにエンハンス。
結果的に低域の粘りと、ボーカルの押し出し感が存分に出たこってり2mixがいっちょ上がりです。
WIDTH 以外のパラメーターは大きく掛けても破綻しないためついつい掛けすぎになってしまいますが、音像のフォーカスがぼやけないところまでで留めておくのが触ってみて感じたポイントです。
B:For 2mix 「ボーカルをグッと前にかつワイド感を持たせ明瞭にしたい」
Aのセッティングとは異なり今度はインプットを下げ目にすることでクリーンな質感を狙いました。EQでもよりハイエンドとローエンド部分で実音から遠い部分をエンハンスして、クッキリとした輪郭を出していきます。
次にローをタイトに制御して押さえ込みに行きます。CompのSCHPFはしっかりローまでフルバンドに掛かるように、Blue Silkは低域を膨らませたくないのでオフです。
対してRed Silkはしっかりと付加し、ボーカルの主役感がさらに増すように意識しました。
タイトにもパンチーにも持っていくことができるMBTの素晴らしさを感じましたね。
C:For Drum Bus 「ドラムの重心を下げつつ、タイトかつ壮大にしたい」
比較のため4小節ごとにバイパス⇨オンを繰り返します。
過度な設定だと破綻しがちな2mixとは違い、大胆な音作りをDrums Busでは演出できます。
今回はCompにインプットを突っ込みさらにスレッショルドも最小、ハイレシオで潰しに掛かりました。そしてドライ成分を混ぜてあげることで、元々の素材のアンビ感が強調され、よりビッグな部屋で叩いているように聞こえさせることができますね。そこにWIDTHで壮大な広がりを付けていきます。
ドラムのアンビ感は非常にミックスにおいて楽曲のキャンパスを決定づける非常に大事な演出を司ります。大きく歪んだキャラクターが付くのですが驚くべきことにノイズは皆無です。ですから壮大ながらとても静かで現代的な空間を最も簡単に作れてしまうのです。実機でこのSNの良さは素晴らしいですね。
あとはお得意のEQをSILKダブル使いでよりどっしりとした質感を加えていけば、洋楽で聴くようなあのビックかつタイトなドラムサウンドの出来上がりです。
D:For Bass 「キックと絡むようにグルーブを出し、密度も濃くしたい」
比較のため4小節ごとにバイパス⇨オンを繰り返します。
今回はベースの美味しいところを濃縮したようなサウンドを目指しました。コンプで主に中域より上をターゲットにリリース感を歯切れが良いところを狙って設定しました。インプットは大胆に突っ込んでSILKと初登場のZENER DRIVEにしっかり当てて歪み感を出します。SILKだけだとやや主張が激しくなってしまうのですが、ZENER DRIVEがそれを宥めるように収まるところに収めてくれます。大人の余裕を感じるツマミですね笑
あとは軽くEQとWIDTHで明瞭感を取り戻したら完成です。濃密で美味しいベースが出来上がりました。
4、こんな人におすすめ
実機でしかアプローチできない領域のキャラクター、それは同社の歴史とともにある伝説的なカスタムトランスや付随する回路から生み出される非常に有機的で濃厚なキャラクターです。
MBTはそのキャラクターをありとあらゆる角度から付与できるまさに夢のような1台だと私は感じました。
今回触ってみた感じたのは、MBTはジャンルや素材を選ばず、どのソースにも素直に掛かってくれるなということです。裏返せばどう使いこなすかはお前次第だと言わんばかりに、こちらに試練を突きつけてくるような厳しくも優しい先輩のような存在ですかね。
現代の楽曲制作スタイルでは一人で作曲からマスタリングまで仕上げることも珍しくありません。そんな楽曲全てを一人で仕上げているプロデューサータイプの方や、音作りから積極的に追い込みたいアレンジャーの方におすすめしたい一台ですね。作曲からマスタリングまでどの工程で使っても欲しい質感に素早くアクセスできるというストレスの無さ。この素晴らしさをぜひMBTにて体験いただきたいです。
<製品リンク>
<機材協力>
SMITHS Digital Musical Instruments
https://smiths-digital.com/