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【Disk】Gojira / Fortitude

 何気に「名盤」の定義って難しい。                      

 強いて言えば、革新性(音楽面、カルチャー面、演奏・技術面、サウンドプロダクション面)、音楽的完成度(演奏、楽曲、詞、コンセプト、編曲、ミックス、プロダクション)、社会的支持、批評家・ミュージシャンからの評価など、様々な観点から見て総合的に判断という感じなのかなと思っていますが、難しい定義に照らし合わさなくとも、長年音楽聴いてると「これは何年経っても語られるような凄い曲が揃った作品だな」とか「この斬新なアプローチは音楽史に新たなページを加えそうだ」とか直感的に思うことが殆ど。これは単純に「新しいサウンド」とか「名曲揃いのアルバム」というのとは少し違っていて、新書『メタルの基本がこの100枚でわかる!』で梅澤氏も触れているように、メタルという音楽を縦軸(歴史)と横軸(サブジャンル)とで俯瞰して見たときに、作品として縦軸、横軸の何れかの観点でシーンに痕跡を残すだけのインパクトを持ったものだけが、名盤という呼び名に当てはまるんじゃないかなと思っています。逆に言えば、これだけのメタルの縦と横の面積が広がると、どれだけ演奏や楽曲の完成度が高かろうが、あるいは大きなセールスを記録しようが、なかなか名盤認定されない厳しさがあるんですが、そんな中、久しぶりに一聴して「名盤認定」の佇まいを持った強烈な作品が登場。それが今回採り上げるGojiraの”Fortitude”(7th)です。

 Metallicaのカーク・ハメットが「驚異的な芸術作品」と絶賛し、グラミー賞2部門にもノミネートされた前作”Magma”(2016年)も「プログレッシブなデスメタル/グルーヴメタル」という域を超えた野心的な傑作でしたが、正直本作は”次元が違う”。通常であればアルバム/アーティストの代表曲になるであろう訴求力と完成度を備えた楽曲が冒頭から立て続けに登場し、そのクオリティは一切弛緩することなく最終曲まで持続。改めて前作と新作を立て続けに聴いてみましたが、やはり楽曲クオリティの平均値の高さが本作の方が圧倒的に優れています
 ちなみに名盤と呼ばれる作品の多くは、個々の楽曲に個性的な表情を持ちながらも、作品全体のサウンドデザイン上のコンセプトがしっかりと貫かれているものですが、本作のテーマを表面的に言えば、彼等が敬愛するSepulturaが名盤”Roots”(1996年)で試みた非西洋的・非楽音的な要素の導入によるトライバルなメタルの創造。実はこの”Roots”での試みは、その後Sepulturaのメンバー自身も進化させることは出来ず、そのエッセンスを承継したSoulflyも含めて、象徴的楽曲である”Ratamahatta”の延長線上にある「ブラジリアン・ビートを採り入れたグルーヴメタル」という様式の確立に留まり、音楽的にはそこから発展しませんでした。
 そこを踏まえ、今回Gojiraが取り組んだ新たなチャレンジは、民族音楽の要素や民族楽器をビートや表面的なアクセントとして用いるだけでなく、非西洋・非ポピュラー音楽の持つ、自然・大地を感じさせるスケール感や「祝祭」「祈祷」のような魂を揺さぶる根源的かつ強力なエモーションを、自らの音楽にビルトインしてきたことです。
 もしかすると、現代のメタルシーンの最前線を走るGojiraという側面に魅力を感じていた人にとっては、「最先端でないGojiraサウンド」ということで否定的に捉える向きもあるかもしれません。

「僕にとっては、いつも不協和で奇妙で攻撃的であることが重要だったんだ。でも、ロック、ブルース、プログレッシブなど、長い間見下していた音楽のエネルギーは、他のメンバーや自分が年を重ねるごとに、その良さがわかってきたんだよね。だからこのアルバムでは、もっと積極的に、もっと派手に、もっと楽しく、何か違うものを表現したいと思うようになった」

 この発言でも明らかなように「メタルの最前線を走る」思いを意識的に控え、ブルース、70年代プログレ、クラシックロック、ゴスペル、アメリカーナといった、およそ先鋭的でない要素までも取り込んだ、プリミティブなエモーションの発露に重点を置いたサウンドになっています。出世作”From Mars to Sirius”(2005年)ではまだ色濃かったテクニカル・デスメタルの要素はほぼ皆無。勿論Gojiraの専売特許であるテクニカルな演奏、複雑なビート、獰猛なヘヴィネスは健在ですが、作品全体を通すと、Djentやテクニカル・デスメタルのような無機的で「意識高め」な印象が希薄になっています。 

 テンポはアルバム終盤を除けばミドル中心。どっしりと腰を落ち着け、歌やギターが文字通り唄っている印象を強く受けます。そこに得意の”キューン”という独特のハーモニクスやタッピングリフ、獰猛な重量級リフ、複合拍子といった旧来からのGojiraの象徴的要素が有機的に絡み、異なる文明同士の遭遇のような、壮大なスケール感を醸し出しています。元々自然破壊や動物保護など急進左翼的メッセージを発信し続けてきたGojiraですが、今回のアルバム制作にあたっては、アマゾン熱帯雨林で発生した大規模火災へのショックと怒りがメッセージ発信の契機になっているとのこと。ただし、かつてのような直接的な怒りの発露や意識高い系の尖りをサウンドから強く感じさせないのが本作の大きな特徴であり、また過去との差異。かつて音楽が、豊作の祝いや雨乞いの祈りの行為として活用されてきたように、直接的な怒りよりも「祈りの音楽」としての側面が強くなっています。それは、本作に関してJoe Duplantier(Vo, G)が、

 「Fortitudeとは“逆境を超える強さ”って意味だね。人生や自分のゴールに絶望して何もかも投げ出したくなった時、その気持ちを乗り越える勇気や力を見せることを表している。(中略)力強くてみんなをインスパイアできるような音楽を作りたいし、安心させたり癒してあげたい。アートでみんなの不安な心をなだめたいんだ」

と発言していることからも明らかだと思います。

 ちなみに個人的には、今年に入って特に、グロウルや叫びといったメタルの主流となった非メロディ型ボーカルスタイルの個性不足、発展性の限界、感動要素の少なさに物足りなさをより強く感じるようになってきており、歌(声)の力の復権に注目を置いています。メタルのメインストリームでは、ここ十数年は歌が軽視されてきたというか、相対的にリフとリズムと演奏力が著しく発展。実際グロウル中心に先鋭的なサウンドを創造してきたGojiraもそのど真ん中に位置してきました。勿論広くメタルシーンを見渡せば、Mastodon、Baroness、Opethといったアーティストが、特に10年代以降の作品では口ずさめるキャッチ―な歌メロを多用し、モダンなメタルサウンドにおけるメロディの魅力再発見の試みを行っていましたが、Gojiraの今回のアプローチは、彼等の方法論とは少し異なっている印象を持っています。端的に言えば、メロディ(≒キャッチーさ)へのこだわりよりも「歌(声)を通した感情表出」重視。本作には得意のグロウルも使われており、流麗なメロディが前面に押し出された楽曲が少ないにも関わらず、Joe Duplantierの歌が非常に印象に残るサウンドデザインになっています。

 着目すべきポイントは以下の3点。

 1点目は、ボーカルの技巧面(感情表現技術)での著しい進歩です。一聴して感じたのが、ボーカルを通じての「繊細な表現」「ポジティブな感情表現」をすることに対する恐れや恥じの意識がなくなったことで、感情表現の幅が格段に広がったこと。マサチューセッツのヒップホップ・ロック HIGHLY SUSPECT へのゲスト参加を通じて、「繊細であったり、”泣き虫 “であったりしてもいいんだということを教えられた」とのことで、単にクリーンヴォイスを多用したといった次元ではなく、歌に乗せる感情の振り幅が格段に広がり、曲の表情が非常に多彩に。結果、頭と肉体で興奮する音楽から、魂で感動する音楽になったように思えます。

 2点目は、全体のサウンドデザインの変化に伴うヴァース、ブリッジ部のボーカルメロディの強化です。

「アルバムのセッションを始める前に、僕は2ヶ月間、自分たちの曲の書き方やアレンジの仕方を深く分析したんだよね。”Fortitude” 以前の僕たちは、曲作りの公式を考えたことがなかったんだ。つまり、実際には何の構造もなく、ただ何となく組み合わせていただけなんだよね。例えば、良い曲には最低でも3つのコーラスが必要だし、過去の僕たちの音楽の扱い方は非常に実験的なアプローチだった。まあつねに、明白なパターンを避け、ルールの外にある音楽を作り出そうと努力していたからなんだけど。”Toxic Garbage Island” を例にとると、この曲には構造がないんだよね。コーラスもない…何もない! だから、”Fortitude” では、すべてをもう少しバランスよくしたいという気持ちがあって、Joe にこのアルバムでは、コーラスとヴァースを確立したいと言ったんだよね。これが作品全体に大きな力を与えていると僕は考えているよ」

 インタビューでは、The Beatles、Pink Floyd、Radiohead、Portisheadといったメロディアスなサウンドを奏でるアーティストからのインスパイアにも言及していましたが、コーラス、ヴァースの確立を意識したサウンドデザインへの移行に伴い、必然的に当該パートのメロディが強化され、個々の楽曲自体の持つ「聴き手を強引に振り向かせる力」、そして「聴き手を曲の世界に引き込む吸引力」が確実に増しています

 3点目は、ボーカルパートにおける歌のエモーションを引き出す巧みなアレンジセンス。以前のGojiraは、「不協和で奇妙で攻撃的」であることにプライオリティを置いたアレンジをしており、その他の追随を許さない卓越した不協和のセンスや実験精神で今の地位を確立したと言っても過言ではありません。勿論本作でも随所に過去のGojiraらしい要素は配されているものの、イントロや展開部分にそうした要素を集約し、ボーカルパートでは、エモーショナルなギターのメロディやハーモニーまでも採り入れたことによって、歌と演奏が一体となって感情に揺さぶりをかけるサウンドの構築に成功しています。

 冒頭で名盤の定義について触れていますが、本作は「捨て曲なし」は当然のこと、大半の楽曲がGojiraのキャリアハイともいうべき信じられないレベルの楽曲クオリティに仕上がっています。そしてトライバルなメタルサウンドを、「祈りの音楽」のような魂の叫びを封じ込めた音楽へと大きく発展させ、メタルの音楽的可能性を拡張することに成功。クラシックメタルから最先端・辺境メタルサウンドに至るまで、30年以上に渡りこのジャンルの音を色々と聞きまくった自分が太鼓判を押せる、文字通り「メタル史に残る名盤」です。この作品を聴かずして2021年のメタルシーンは語れないと言い切りたいです。それくらいお薦めの1枚。

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