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業務中に奇襲を受けて倒れる人々

達人の一撃

 夜遅くまで座りっぱなしでパソコンに向かっているITエンジニア。繁忙期にもなれば、肩や腰がカチカチに固まってしまいます。

 筋トレやストレッチをして動かさないと故障する、とは僕がこのnoteで毎回言っていることですが、既に限界を超えている場合はもはや、ただちに治療を受けなければ下手に動かすこともできず、文字通りの「一触即発」になってしまいます。

 これは年の暮れも近づいたある日。

「あと少し!もうひと頑張り行こうや!」

 と気合を入れるつもりで、管理職のAさんが、部下のBさんの腰のあたりを、パンと軽く音がする程度に平手で叩いた瞬間。

 Bさんがガクンとひざを折って崩れました。そのままうずくまって、苦しそうにうなりながら立てません。

 既にギリギリの状態で立っていたBさんの腰に、Aさんの平手打ちがとどめの一撃を食らわせてしまい、腰痛が発症しました…。

 Bさんの様子が明らかにおかしいのに気づいて集まってきた同僚たち。Bさんのあまりの苦しみように、Aさんが暴力をふるったという疑惑が浮かぶのも無理のないことでした。

 Aさんが必至で事情を説明したのと、Bさん自身の証言から、他の同僚たちは「平手で軽く叩いただけ」というのを理解したのですが、一部の人たちは別のことを疑いはじめました。

「Aさんは手刀の一撃で相手を倒せるほどの達人なのではないか」

 それ以来、Aさんを怒らせるのは危険とされ、Aさんに気合を入れられるのを皆が避けるようになりました。

見えない敵

 意図せずして職場を恐怖で支配してしまったAさん。本人も気まずい思いをしながら、年内の業務もあと数日となった頃、その権力はあっけなく崩れ去りました。

 Aさんが「よっこいしょ」と声を出しながら重い腰を上げようとしたところに、実に派手な音を立てて椅子ごとひっくり返り、投げ出されるようにしてAさんが床に倒れたのです。

「ああああーーー、痛いーーー!」

 床に転げ回って苦しむAさん。職場にいた一同は何が起こったかわからず、Aさんの様子を見つめることしかできませんでした。

 どうやら、足が痛いと訴えているようです。本人が暴れるのをなんとか抑え、数人がかりで靴を脱がせてみると、左足がパンパンにはれ上がっています。

 それは典型的な痛風の症状でした。もともと大酒呑みだったAさんです。長年の蓄積があったところを、ここ2週間ほどあちこちの忘年会に参加し、さらに倍、となった勢いでついに発症したのでした。

 しかし、そこに居合わせた僕たちは誰も、痛風に関する知識が無かったので、何が起こったのか理解できず気味悪がります。

 Aさんの座っていた管理職用の席は一つだけ離れていて、周りには誰もいませんでした。では一体、何がAさんの足を襲ったのか。

 まるでホラーのように、目に見えない存在に突然襲われたのか。それともまさか、靴の中に何か仕込まれていたのか?そうだとしてもいつ仕込む隙があった?

 僕は横目で、整骨院で渡されたというサポーターを腰に巻いたBさんを見ました。心配してうろたえるわけでもなければ、笑うわけでもなく、ほぼ無表情だったのがかえって気になりました。

ささやかな復讐

 そのような衝撃の連続があったものの、我が職場もなんとか無事にその年の仕事納めとなり、会議室でささやかな納会が開かれました。

 最終日まで仕事を続けていた人たちも徐々に合流してきて、ふだんもの静かな同僚の絡み酒がはじまった頃でした。

 どうにも動けない、と会社を休んでいたAさんが、松葉杖をつきながらゆっくりと会議室に入って来ました。足元は革靴ではなくスリッパです。

(痛々しい……。)

 一同は一瞬、酔いも醒める勢いで息を飲みましたが、慎重に気遣うような言葉を選びながらAさんに椅子を勧めます。その時のAさんの説明で、我々は「痛風」というものを理解することとなりました。

 それならば、いかにAさんが酒好きとはいえ飲ませるわけにはいかない。Aさんの手にある紙コップに烏龍茶を注ごうかとペットボトルに手を伸ばそうとしたその時、

「Aさん、今年もお疲れ様でした!さあ、どうぞ一杯!」

 まだサポーターの取れていないBさんが、「白雪」の一升瓶を抱えてAさんに近づきます。この人は話を聞いていなかったのか!?それともこれは復讐なのだろうか。

「お、おう…。」

 後ろめたさがある為か、それとも酒の誘惑に抗えないのか、酌を受けようとするAさん。しかしBさんが注ごうと腰を曲げた瞬間、

「痛ああっ!」

 腰をのけぞらせて痛がるBさん。Bさんの持っていた一升瓶が顔に近づくのをAさんはよけようとして、

「痛ああっ!」

 足に響いてうずくまるAさん。そんな恐ろしい仕事納めでした。

 働くすべての皆さん、無理して頑張りすぎず、身体をいたわりましょう。