何が「旬」かは読む人が決めること。

下書きがたまっている……。
noteの話です。

ありませんか?
書きかけて、そのままになっているやつ。
なんだか、うまくまとまらなくて下書きのままのnote記事。

私の場合は何が言いたいのか、自分でわからなくなってしまって、いったん保留にして、そのまま放置になるんですよ。

それは、「旬じゃない」と感じて投稿できなくなるからです。

「旬」というのは、「自分の気持ちが高まっている時」ですね。

書いている時は「伝えたい」「書いておきたい」みたいな情熱があるんです。でも、だからなのか、きちんと整理できなくて、何を伝えたいのかまとめられなくて、いったん保留。

冷静になって読んだ時に「これは投稿するようなことじゃないな」ってなるんです。
例えば、今書いているこれもそうです。(笑)

私の下書きがたまっている話って、ひと様にとって、わざわざ読む価値あるのかな?
私も、わざわざこれを書き残しておきたいって、本当に思っているのかな?

考え始めると、もう「投稿しないための理由」がいくらでも見つかります。

でも、これが「カチカチ症候群」なんだろうなと。
頭がカチカチから私がつけました。今。
何かの信念や習慣やらに縛られて固まっている状態です。

ふと心の視点を高くすれば、何が「旬」かは読む方が決めることなんですよ。
小学生の頃、親に「いい」と薦められた夏目漱石の本は、当時の私には響きませんでした。30代の時には「面白い!」と思いましたが、50代の今なら、もっとわかることもあります。
いつが「旬」かなんて、人それぞれです。


だから、一度は書きかけた思いなら、軽い気持ちでぽんと投稿。

その先には「旬」のタイミングで受け取る誰かがいるでしょう。
広い宇宙ですから。

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