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失敗から学び、一歩一歩前進してきた7億までの軌跡

こんにちは!松田リエです。

私は、看護師、保健師を経て、産休中におうちにいながら起業して、年商7億を超える会社の経営者となりました。


とくに、人脈があったり、ビジネスのスキルがあったり、資金があったわけではなく、普通のそのへんにいる一般的な子育て中の主婦でした。

女性社長になるんだ!とか、まったく頭にはなく、起業に興味すらなかった私が、なぜ社員15名を抱える会社を経営するまでになったのか、自己紹介も兼ねて記事にさせていただきます。


長くなりますが、どうぞよろしくお願いします✨

学生時代に気づいた価値観

1986年5月5日、私は自由な父親と才色兼備でなんでもできる母親の間に生を受け、2つ年上の兄と1つ年下の妹と私の5人家族で育ちました。生まれは大阪、でもすぐに身寄りのない三重へ。すくすく育ちました。


小さい頃から好奇心旺盛だった私。裕福ではない家庭でしたが、習字にそろばん、ピアノに英会話、ありとあらゆる習い事をさせてもらい、共働きで育てあげてくれた両親には感謝しきれません。

小学校の時の友人に話を聞くと、私は当時から体重を気にするような小学生だったそうです。音楽が好きで中学校ではフルートを、高校ではドラムに明け暮れる毎日でした。

大学受験では、「私学だとお金がかかる、家から通える国立大学に入ろう」と思い、必死に勉強して三重大学医学部看護学科に入学することができたのです。


看護学科を選択したのは、母が介護士で、毎日のように人と接して、他人に貢献する光景を見てきたからです。母の姿を見て「自分も人と関わる仕事がしたい」、「医療的な知識を身につけて自立したい」と思うようになり、看護の道を選びました。


看護大学時代は、病院に入りナース服を着て患者様のそばで実践を学びたいと、座学よりも実習のほうが好きな学生で、この「現場主義」の姿勢は今でも活きていると思います。


そして、大学卒業後は同大学病院で看護師として働き始め、少しずつ、でも紆余曲折あり、いろんなことがありながらも、今の仕事に繋がるような道を進んでいくことになります。

看護師から保健師へ、そして新たな道へ


「人と関わる仕事がしたい」そう思って、看護師として働き始めた私。白衣を身にまとい、忙しく立ち働く毎日。


それが私の看護師としての日々でした。配属されたのは、肝臓移植、消化器がんなど緊急性を要する部署でした。消化器外科という、生と死が隣り合わせの世界で、私は日々奮闘

自分の決断一つで、患者様の命に関わるので毎日が戦いでした。毎朝、患者様の病状を正確に把握するため、6時に出勤して一人ひとりの状態を確認し、21時過ぎまで、患者様のために最善を尽くしていました。


このような毎日を送ることで、「現状を正確に把握して、自分は相手のために何をするべきなのか?」、「もっと良い状態にしてあげるには、何をすれば良いのか?」ということを自然と考えるようになり、この看護師時代の経験が、今の働き方の元になっていると感じています。


ある日のこと、末期がんの患者さんのケアを任されました。その方は40代半ば、まだまだ人生これからという年齢でした。痛みと闘いながら、それでも懸命に生きようとする姿に、私は深く心を動かされました。


「もし、もっと早く気づいていれば...」
「もし、適切な予防策を取っていれば...」


そんな思いが、私の心の中でどんどん大きくなっていきました。「一人でも多くの患者さんに貢献したい」「今の状態より少しでも、良くなってもらいたい」


そう思って毎日朝から晩まで、ほとんど休みも取らず働いていたのですが、次第にこう思うようになりました。


「病院では治らない人もいる、救えない命が多い」と。そして、「なぜ、そもそも病気になるのか?」と思うようになったのです。


「病気になってからでは遅い。予防こそが真の医療の在り方ではないか」


この気づきが、保健師への転職を決意させる大きなきっかけとなるのです。

痩せられなかった過去と予防医療との出会い


病気の約9割はいまだに、なぜそうなってしまうのか解明されていない。


けれど、病気になってしまう要因は必ず存在することに気づき、病気を未然に防ぐ「予防医療」に興味を持ち始めたものの、すぐには行動することができず、行動を起こすことに躊躇する毎日


今でこそ、即決即断即行動!が身についた私ですが、、


実は、過去の私は、私生活ではいろんなダイエットに挑戦してはリバウンドを繰り返し…とても辛い思いをしていた一人。自分の見た目にも、自分の言動にも自信が持てずにいました。


しかし、同時に大きな矛盾も感じました。


人々の健康を守る立場にありながら、自分自身の健康管理がおろそかになっていたのです。不規則な生活、偏った食事、運動不足。まさに、健康とはかけ離れた生活を送っていました。

今より+12kg 体脂肪率30%超え

食事も良くなかったし、体調も良くなかった。いつも眠たかった。常にネガティブな感情を抱いていて、やりたいことがあっても一歩を踏み出せなかったのです。


流行りのダイエットに振り回され、仕事が忙しくなる時期が訪れるたびに、ストレスを抱えるたびに、長期連休のたびに、食事が乱れ体重が増えていく自分に情けなく、体重計の上で泣いたことも。


その結果、みるみるうちに見た目が変わり、ついに体脂肪率も標準値を超え30%台になってしまっていました。

増えた体重を少しでも減らしたくて、便秘薬を毎日飲んで無理やり出すなんてことも…加えて、高額エステや、脂肪燃焼注射、そしてサプリメントに頼る日々。


「甘いものを食べてしまったから…」と、食事を置き換えドリンクですませ、甘いものをチャラにするために、夜のジムで10キロ走ってからの筋力トレーニングも頑張りました。


だけど、ほとんど変わらない自分の体型…精神的にも肉体的にも限界状態。貧血、PMS、冷え性、肩こり、枝毛・切れ毛、毛穴・シミ・そばかす・吹き出物など、不調が続く毎日。

鏡を見るのも嫌だった。。


さらには自己否定も強まり、『もう希望を見いだせない、やる気もおきない』と、当時を振り返ってみると、軽度のうつ状態になってしまっていたようにも思えます。

流産…人生の転機が訪れる


2013年、25歳の時のことです。結婚を機に、予防医療の道に進むことに。


保健師として市役所や健診クリニックなどで、食事指導を行っていました。保健師として働き始めると、新たな世界が広がりました。地域の人々の健康を守る最前線に立ち、予防医療の重要性を日々実感しました。

生活習慣病、メタボリックシンドローム(代謝異常)などは、生活習慣が原因の病。習慣が改善できないから、代謝を回復させていくことが本当に難しく、時間を要するものが多く、うまくいかないことがほとんど。血液検査の数値も良くならない…。


また、行政で決められたプログラムを行う必要があり、1対1でみっちり深く関わる事もできなかったので、自分自身の仕事へのやりがいにもぶつかっていました。


そんな悪戦苦闘している中、2014年、私は妊娠しました。


新しい命を宿した喜びに包まれる中、突然の悲劇が襲いかかりました。流産です。その悲しみは、言葉では表現できないほど深いものでした。


「自分が食べてきたもののせいで、こうなったんじゃないか…」、「もっと早くからしっかり食事にも気を使っていれば…」と自分を責める毎日でした。


「なぜ私が?」
「何か悪いことをしたから?」


様々な思いが頭を巡りました。毎日毎日、自分を責め続け、ふとしたきっかけで「このままじゃダメだ、まずは自分の食事から改善してみよう」と思い、自分自身の食事改善に取り組み始めたのです。


そうすると、みるみるうちに…


1年も経たずに、体重は20代前半の頃から比べ、−12キロ減り、メンタルも安定するようになり、思考が変化していきました。さらに、「頑張ろう!」とする活力まで湧いてくるくらいに回復!自信も取り戻しました。


鏡に映る自分の姿は、1年前とは別人のようでした。引き締まった体、輝く肌、そして何より、目に宿る自信。この経験は、私に食事と生活習慣の重要性を身をもって教えてくれました。


この経験は私に新たな気づきをもたらしました。命の尊さ、そして健康であることの大切さを、これまで以上に強く実感したのです。


これにより、人生そのものが上手くいくようになり、そして、この試練を乗り越え、翌年には長男を無事出産することができました。初めて我が子を抱いたとき、言葉にできないほどの感動と責任を感じました。


この出産は、私の人生観を大きく変えるきっかけとなりました。一つの命を育む責任、そして母親としての新たな役割。

出産という経験は私に、より大きな使命感を与えてくれました。


そして、健康的に育ってくれる我が子を見て、「本当に食事改善に取り組んでよかった」と思ったのを今でも覚えています。


私は確信しました。この経験、この喜びを多くの人と共有したい。そう思った矢先、人生に大きな転機が訪れました。

母として女性として、自分らしく生きるための挑戦


長男が生後5ヶ月の時、一つの行動が人生を変えることに。それは、アメブロを始めたことです


最初は単なる育児日記のつもりでした。日々の育児の喜びや苦労、そして自分の健康管理について綴っていきました。

食事改善をして-12キロ痩せて、無事出産を経た私は、「食事改善だけでこんなにも人生が良くなる、子育てしながらでも、ダイエットや健康に苦しんでいる人に伝えられることがある!」と思って、徐々に食事や健康に関する投稿も増やしていきました。


自分が経験した12キロの減量、そしてその過程で学んだ知識や工夫を少しずつ共有していったのです。


これまで自分が学んだことや、栄養のこと、食事のこと、知っている限りのことを発信していく中で、始めは、誰からも反応してもらえませんでしたが、1人2人と私のブログにコメントをくれたり、メッセージをくれる人が現れるようになりました


すると。。。予想もしなかった反響をいただけるようになったのです。


「とても参考になります」
「もっと詳しく知りたい」
「私もダイエットを頑張ろうと思います」

そんなコメントが徐々に増えていきました。


そして、ブログでの発信を続ける中で、保健師の頃に感じていた、「1対1の関わりを持ちたい」、「もっとサポートしたい」と思うようになり、どんな人にどんな情報を届ければいいかを真剣に考えるように。 


ダイエットに悩んでいる方、特に家庭の食事を担っているのは女性なので、女性が食事の知識を保つ必要があると思い始めたのです。


そして、ついに一人の読者から直接的な相談がありました。


最初のお客様は、静岡県のケーキ屋さんでした。

「お菓子を作る仕事柄、どうしても太ってしまう。何とかしたい」

という相談でした。私は、自分の経験と知識を総動員して、その方に合わせたダイエットプランを提案しました。

この頃からzoomを使い出しました


毎日の食事内容の見直し、食事の改善点をその都度アドバイスしていきました。


そして何より、精神的なサポートに力を入れました。「あなたは一人じゃない」「一緒に頑張りましょう」。そんなメッセージを毎日送り続けました。

結果は驚くべきものでした。3ヶ月で5キロ、半年で9キロの減量に成功したのです。お客様からは、こんな言葉をいただきました。

「人生が変わりました。自信が持てるようになり、お店の接客も楽しくなりました。本当にありがとうございます」

この言葉を聞いたとき、私は思わず涙が溢れました。すごく喜んでいただき、手紙までくださいました。


自分の知識と経験が、確実に人の役に立つ。そう確信できた瞬間でした。この時の経験が、私のダイエットサポーターの原点。

「これだ」

この成功は、私に大きな自信を与えてくれました。同時に、より多くの人を助けたいという思いが強くなりました。

同時に、子育てしながらでも、地方に住んでいても、自宅でオンラインを使って、こういったサポートをずっと続けていきたいと心から思うようになったのです。

家の周り。田舎過ぎてみんなビックリ🫢


そして、ダイエットから卒業したいと願っている人に、「正しいダイエット法を伝えたい!」、「苦しみから開放してあげたい」自分自身を100%表現し、「自由で生き生きとした一人の女性」になりたい!という思いから、ダイエットサポーターとしての独立を視野に入れた人生を考えはじめました。

「より多くの人々の健康を守りたい。そして、幸せな家庭を築くための知識を広めたい」

そんな思いが、私の心の中で大きく膨らんでいきました。しかし、同時に大きな不安も感じていました。

はじめて子供を預けて
1人で新幹線に乗ったのもこの頃


「今の仕事を続けながら、この思いを実現できるだろうか?」
「もっと多くの人にリーチできる方法はないだろうか?」


そんな思いを抱えながら、日々の業務をこなしていました。そして、ある日のこと。一つの決断が、私の人生を大きく変えることになるのです。

起業への道、そして最初の成功


2016年、大きな決断の時が来ました。看護師・保健師としてのキャリアを捨て、ダイエット講師として起業する道を選んだのです。

この決断は、周囲の人々を驚かせました。安定した職を捨て、未知の世界に飛び込む。多くの人が口には出さないものの「無謀だ」と思ったでしょう。


両親からは「せっかく国家資格を取ったのに」と落胆の声が聞かれました。夫も最初は戸惑っていました


しかし、私の心は決まっていました。保健師として生活習慣病の方々に食事指導をする中で、一つの壁にぶつかっていたのです。


どんなに熱心に指導しても、なかなか改善が見られない。そのたびに、仕事のやりがいを見失いそうになっていました。

「もっと効果的な方法があるはずだ。もっと多くの人を幸せにできるはずだ」

そんな思いが、私を起業へと駆り立てました。しかし、決断してからの日々は、不安と期待が入り混じる毎日でした。

「本当にうまくいくのかな」
「人脈もビジネス経験もないのにお仕事にできるのかな」


そんな不安と闘いながら、事業計画を練る日々が続きました。起業のための貯金はわずかしかなく、失敗は許されません。毎日が真剣勝負でした。

3カ月で結果を出せなければ、看護師か保健師に戻ろう。だから期限を決めて後悔しない選択になるようやり切ろう!そう覚悟を決めました。


2番目のお客様は、さらに印象的でした。一見すると痩せて見えるのに、体脂肪率が高い「隠れ肥満」の方でした。この方との取り組みは、私にとって大きな挑戦となりました。

見た目は痩せているのに、なぜ健康上の問題があるのか。どうすれば体質を改善できるのか。栄養学の本を読みさあり、多くの試行錯誤を重ねました。

そして、その努力は報われました。3ヶ月で体脂肪率が39%から28%まで改善。お客様からは、こんな言葉をいただきました。

「見た目も変わって、体も軽くなった気がします。疲れにくくなり、肌の調子も良くなりました。本当にありがとうございます」

当時はエクセルで管理


このケースは、私に「見た目だけでなく、本当の意味での健康」の重要性を教えてくれました。同時に、一人一人に合わせたアプローチの必要性も学びました。

こうして、徐々にダイエット卒業生が増えていきました。そのたびに、感謝の言葉をいただきました。

「人生が変わりました」
「自信が持てるようになりました」
「家族との関係が良くなりました」


そんな言葉を聞くたびに、この仕事の意義を実感し、さらなる情熱が湧いてきました。

初めて外部委託で資料制作もお願いしました


しかし、最も嬉しかったのは、ある卒業生から聞いた言葉でした。

「私も、あなたのようにダイエットを広める側になりたい」

この言葉は、私の心に強く響きました。自分の思いが、他の人の心にも火をつけた。そう感じた瞬間でした。

この声は、一人二人と増えていきました。

「私も誰かの役に立ちたい」
「この素晴らしさを広めたい」

そんな声が、私の周りに増えていったのです。

おうち起業して1年後、一般社団法人設立へ


そして、2017年。一つの大きな決断をしました。一般社団法人Belle Life Style協会を設立したのです。この決断は、私の人生を大きく変えることになりました。

協会の設立は、想像以上に大変なものでした。法的な手続き、運営方針の決定、会員制度の構築。全てが初めての経験で、毎日がトライアンドエラーの連続。

法人設立の手続きでは、何度も書類の不備を指摘され、挫折しそうになりました。しかし、その度に「多くの人の人生を変えるんだ」という思いで、なんとか乗り越えました。

運営方針の決定では、夜遅くまで議論を重ねました。「どんな協会にしたいのか」「何を大切にするのか」。これらの問いに向き合う中で、自分自身の価値観も明確になっていきました。

自宅の子供部屋を仕事部屋として活用


会員制度の構築では、多くの失敗がありました。最初は、会員の声をしっかり聞かずに制度を作ってしまい、多くの不満の声が上がりました。「組織を運営すること」の難しさと重要性を痛感しました。

この経験から、「常に顧客の声に耳を傾けること」、そして、一人で頑張るのではなく、多くの人の力を結集して大きな目標を達成すること。その素晴らしさと難しさを、身をもって体験したのです。

私しか出来ないことに集中するために


協会設立後、初めて正社員を二人採用しました。この当時、お金の心配から(社員の方のお給料を払い続けていくことができるのでろうか。信頼を裏切るようなことはしたくない…)


今だから言えますが…私の給料は当時…無給でした。



いわゆる、無休の無給です。そして、ここから、人材育成という新たな課題に直面することになります。それまでは自分一人で全てをこなしていましたが、他人と協力して仕事を進めることの難しさを知りました。

「どうすれば自分の思いを正確に伝えられるか」
「どうすれば相手のモチベーションを高められるか」

そんな課題と日々向き合いました。時には衝突することもありました。自分の考えを押し付けてしまい、スタッフのモチベーションを下げてしまったことも何度もあります。


しかし、その度に自分の未熟さを痛感し、スタッフと話し合い、互いを理解しようと努めました。この経験は、後の組織運営に大きく活かされることになります。


私は、私にしか出来ないことに集中する体制づくりが小さくですがスタートしていきました。


私 : 集客やマーケティング、セミナーや講座を担当。

スタッフSさん(のちに役員COOとなる):
事務全般を担当。

スタッフAさん(のちに役員CCOとなる):
顧客サポート全般を担当。


同時に、事業の拡大に伴い、効率的な顧客管理の必要性を感じました。そこで、病院時代の電子カルテをイメージした顧客管理システムの開発に着手。


「顧客一人一人の進捗状況や健康データを一元管理したい」「それによって、よりパーソナライズされたサービスを提供したい」。そんな思いを込めて、開発に取り組みました。

しかし、この過程は想像以上に困難なものでした。システムエンジニアとの連携は、思いのほか難しいものでした。専門用語の壁、イメージの伝達の難しさ。毎日のように衝突を繰り返し、パソコンの前でなく日々。

「なぜ、私の言いたいことが伝わらないのか」
「なぜ、こんな単純なことができないのか」

そんなイライラが募る日々が続きました。しかし、この経験から、自分のコミュニケーションスキルの不足を痛感しました。


「相手の立場に立って考える」「専門用語を噛み砕いて説明する」「視覚的な資料を用意する」。そんな工夫を重ねるうちに、少しずつですが、理解し合えるようになっていきました。

この経験は、私に大きな学びをもたらしました。「相手の知識レベルや背景を考慮してコミュニケーションを取ることの重要性」「自分の考えを論理的に整理し、分かりやすく伝える能力の必要性」。


これらの気づきは、その後のビジネス展開において、非常に有益なものとなりました。

同時に、ビジネススキルの向上にも力を入れました。特に力を入れたのが、交渉術とメンタル面の強化です。


起業したばかりの頃は、交渉の場で自分の主張をうまく伝えられないことがあり、会社として損をする場面が多々ありました。また、ちょっとした失敗や批判で落ち込んでしまうことも。。。

そこで、交渉術やメンタルを鍛える本を読みあさり、実践し「Win-Winの関係を築く」「相手の立場に立って考える」「感情をコントロールする」。

こういった技術を、一つ一つ身につけていきました。ストレスへの耐性が上がり、困難な状況でも冷静に対処できるようになっていきました。

この時期、私の生活は激変。睡眠時間を削り、1日8名もの商談をこなすハードな日々が続きました。

システムの構築とお客様のサポートで朝1時に就寝し、朝の4時に起床する3時間睡眠の生活が始まったのです。正直なところ、体力的にも精神的にもギリギリの状態でした。

しかし、この努力は実を結びました。セールス力とマーケティング力が飛躍的に向上し、法人化初年度で年商6300万円を達成したのです。


この数字を見たとき、言葉では表現できないほどの喜びを感じました。「やればできる」「夢は叶う」。そう確信できた瞬間でした。

しかし、この急激な成長の裏で、私の体は悲鳴を上げていました。ご飯を食べる時間もなく、体重は39キロまで落ちてしまいました。


そして、人生で初めて生理が1年半にわたり止まるという事態に陥りました。

「これでは本末転倒だ」

そう気づいたとき、私は大きな決意をしました。「持続可能な形で事業を展開していこう」と。

試練と成長、そして新たな挑戦

2018年、新たな挑戦の時が来ました。協会運営会社としてBelle Lus株式会社を設立したのです。これは、これまでの個人事業主としての活動から、本格的な会社経営への転換点となりました。

しかし、順風満帆だったわけではありません。2019年、一つの大きな試練が訪れました。


一部の講師から私宛の嘆願書が届き、協会コミュニティが崩壊の危機に瀕したのです。

「なぜこんなことに...もう辞めてしまいたい…」

最初は混乱し、落胆しました。しかし、この危機は新たな気づきをもたらしました。


これまで「みんな同じ思いを持っているはず」と思い込んでいたことに気づいたのです。一人一人の講師の思いや状況が異なることを、改めて認識しました。

この経験から、協会ビジネススタイルを大きく見直すことにしました。一から立て直す覚悟で、新たな仕組みづくりに取り組みました。

まず、本部にパワーを集結させるために、販路の多様化を図りました。

これまでのブログやFacebookだけでなく、Instagramや広告、WordPressなど、新たなチャネルを開拓しました。それぞれのプラットフォームの特性を活かしたコンテンツ作りに励みました。

例えば、Instagramでは視覚的に魅力的な投稿を心がけ、Before/Afterの写真や健康的な食事の画像を定期的に投稿しました。

広告では、ターゲット層を細かく設定し、それぞれに合わせたメッセージを発信しました。WordPressでは、より詳細な情報や成功事例を記事にまとめ、SEO対策も行いました。

この努力が実を結び、年商1.5億円を達成することができました。しかし、同時に新たな課題も見えてきました。事業規模が拡大するにつれ、私一人では全てを管理しきれなくなってきたのです。


そんな中、このタイミングでシステムの特許取得に成功。サポートの標準化、効率化に成功したのです。時間と費用はかかりましたが、類似コンテンツサービスが加速化する中で、コピー商品の防止になる施策を打つことができました。

2020年、新たな挑戦としてYouTubeチャンネルを開設。

動画という新しい媒体に挑戦することで、より多くの人にリーチできると考えたのです。


最初は緊張して上手く話せませんでした。今でも覚えていますが、初めての撮影は朝の8時から夜の20時まで。納得できるまで21回撮り直しました(笑)


そんな状況からでしたが、徐々に慣れていきました。そして、予想以上の反響がありました。現在では18万人を超える登録者数を誇るチャンネルに成長しました。

YouTubeから送られる銀の盾


しかし、事業の拡大に伴い、新たな課題も生まれました。スタッフとの関係性や育成に悩む日々が続いたのです。何度もスタッフから「辞めたい」と言われ、心が折れそうになりました。

「なぜ、私の思いが伝わらないのか」
「どうすれば、スタッフのモチベーションを保てるのか」

そんな悩みと向き合う日々が続きました。この経験から、リーダーシップの在り方を根本から見直す必要性を感じました。

一人一人のスタッフと向き合い、その思いを丁寧に聞き取る努力を重ねました。「人は皆、認められたい、成長したいという欲求を持っている」ということを学び、スタッフ一人一人の強みを活かし、成長を促す環境づくりに力を入れました。

2021年、大きな転機が訪れました。初めてテレビに出演したのです。


「why not?〜私たちの働き方〜」という番組で、密着取材を受けました。カメラの前に立つのは緊張しましたが、自分の思いを多くの人に伝えられる貴重な機会だと捉え、精一杯話しました。

しかし、同時に新たな壁にぶつかりました。

年商1.5億円のまま、3年間売上が伸び悩んだのです。「なぜ伸びないのか」「何が足りないのか」。毎日のように自問自答を繰り返しました。

そんな中、新たな挑戦としてオンラインでのセミナーセールスを開始しました。しかし、大勢の前で話すことへの緊張と、セールスへのプレッシャーで体調を崩すこともありました。

それでも、「自分の経験を多くの人に伝えたい」という思いで、少しずつ克服していきました。今では、そこも仕組みに出来たので、セミナーセールスせずにサービスをご購入いただけています。

幸いなことに、完全オンラインサービスを確立させていたため、コロナの影響はほとんど受けませんでした。むしろ、在宅時間が増えたことで健康への関心が高まり、サービスへの需要が増えたほどです。

2022年、大きな転機が訪れました。小学館から『ずぼら瞬食ダイエット』を出版したのです。本の執筆は初めての経験で、締め切りに追われる日々は大変でしたが、自分の知識や経験を形にできる喜びを感じました。

今でもこの処女作は、まだ売れ続けているので、10万部突破も夢ではありません。ここから、#瞬食ダイエット というキーワードが誕生。


本の出版をきっかけに、メディア露出の機会が増えました。初めて芸能人の方と対談したのは、芸人の山崎ケイさんでした。

緊張しましたが、山崎さんの気さくな人柄に助けられ、楽しく対談することができました。

その後、TBSの「THE TIME」で最も売れているダイエット本として紹介されたり、

フジテレビ「ウワサのお客様」にコストコダイエット先生として出演したりと、メディア露出が増えていきました。

Yahoo!ニュースにも度々取り上げられるようになり、知名度が一気に上がりました。

しかし、喜びの中にも試練が待っていました。次男の妊娠・出産です。悪阻や体調不良が続き、長期間寝たきりの状態が続きました。


仕事と育児の両立に悩む日々が続きましたが、この経験は新たな気づきをもたらしました。

「仕事は自分一人でやるものではない」
「信頼できるチームを作ることの重要性」

これらの気づきから、本格的な組織づくりに取り組むことを決意しました。

まず、セールススタッフの育成に力を入れました。自分の経験やノウハウを体系化し、研修プログラムを作成。営業(セールス)課ができました。


一人一人の強みを活かしたアプローチ方法を指導。その結果、商談数、契約率が伸び、年商2億7000万円を達成することができました。

さらに、組織の基盤を強化するため、管理部と広報マーケティング部の2つの部署を新設。それぞれの役割を明確にし、専門性を高めることで、より効率的な運営を目指しました。

また、社内の一体感を高めるため、社内ルールや価値観をまとめた冊子「CCS(Corporate Culture Standard)」を作成しました。


「なぜ私たちはこの仕事をしているのか」「どんな価値観を大切にしているのか」。これらを明文化することで、スタッフ全員が同じ方向を向いて進めるようになりました。

同時に、本格的に財務を強化するために、融資戦略にも取り組みました。


これまで感覚的に行っていた経営判断を、数字に基づいて行うようになりました。
この過程で、経営者としての視野が大きく広がったように感じます。

そして、改めて会社のミッションとビジョンを明確にしました。

ミッション(企業理念):「食事改善をもっと楽しく身近に簡単に」

ビジョン(企業目標):「美と健康を生きる未来を実現する オンラインサービスNo.1」

これらを掲げることで、社員一人一人が自分の仕事の意義を感じられるようになりました。

しかし、同時に新たな課題も見えてきました。


コンテンツビジネスで組織化できているモデリングできる会社が少なく、組織づくりに苦労しました。試行錯誤の日々が続きましたが、少しずつ理想の形に近づいていきました。

2023年、さらなる飛躍の年となります。念願だった「ヒルナンデス」に初出演し、その後も2回の出演を果たしました。また、「それって!?実際どうなの課」にも出演。テレビ出演を重ねるごとに、自信がついていきました。

そして、妊娠・出産を機に、組織化をさらに強化しました。「私が不在でも経営できる状態を作り上げる」。そう決意し、権限委譲や業務の標準化に取り組みました。

その結果、PR活動やメディア出演を拡大させることができ、年商5億4000万円を突破することができました。

オフィス環境も一新。


ピンクと白を基調としたおしゃれなオフィスが完成

在宅ワークからオフィス出社へと移行しました。新しいオフィスは、社員のモチベーション向上にも大きく貢献しました。

さらに、サービス品質の向上を目指して、社員全員でディズニーランドに行き、接遇研修を受けました。

ディズニーの「お客様第一」の精神や、細部にまでこだわったサービスから多くのことを学びました。この経験は、私たちのサービスに大きな変革をもたらしたのです。

組織が安定してきたことで、新たなチャレンジにも取り組むことができました。


空いた時間を利用して新サービスを企画し、結果的に9つのサービスが収益化に成功。これらのサービスは、既存顧客のニーズに応えるだけでなく、新規顧客の獲得にも大きく貢献しました。

また、通販事業にも進出。


りんご酢「酢檎夢(すりむ)」のローンチは、大きなチャレンジでした。発酵調味料は発酵に時間がかかり、商品化に苦戦しました。

しかし、諦めずに取り組んだ結果、多くのお客様から好評をいただくことができました。

この経験から、新しい分野に挑戦することの重要性と、粘り強く取り組むことの大切さを学びました。

2024年、私たちの事業は新たな段階に突入。

瞬食ダイエットシリーズが10冊を超え、累計発行部数32万部を突破


この数字を見たとき、これまでの苦労が報われた気がしました。


多くの方に私たちの理念が届いているという実感が、大きな喜びとなりました。

メディア露出もさらに拡大。『前略、大とくさん』への出演は、より幅広い層に私たちのメッセージを届ける良い機会となりました。

そして、念願だった明石家さんまさんの『ホンマでっか!?TV』への出演。緊張のあまり、頭の中は真っ白。


さんまさんの場を盛り上げ、相手を引き出す能力に助けられ、なんとか収録は終了。

SNSでの影響力も大きく拡大し、総フォロワー数が50万人を突破しました。この数字は単なる数字ではなく、50万人の方々とつながっているという責任を感じさせるものでした。

組織もさらに拡大し、役員4名、社員15名の規模となりました。人事や評価制度の作成に取り組み、より公平で透明性の高い組織づくりを目指しました。

そして、ついに私が目指していた「自分は現場に立たず、売上が上がる組織」が完成しました。この時、私は大きな達成感と同時に、新たな使命感を感じました。


その結果、年商7億2000万円を突破。受講生も3500名を超え、多くの方々の人生に関わることができるようになりました。

「これまでの経験を、同じように奮闘している女性起業家の方々に伝えたい」

そんな思いから、女性起業家に向けて会社を組織化させていく講座「Woman Owners Club」を設立しました。

今を輝く女性経営者が集結

この講座では、私自身がビジネスを通して経験してきた失敗や成功、そしてそこから学んだことを包み隠さず伝えています。

特に力を入れているのは、以下のような悩みを持つ女性起業家へのサポートです:

1. ローンチで多少なりとも売上は立っているが、疲弊している方々

2. インスタを中心としたSNSで一定売れているが、疲弊している方々(特に、SNSの講師として過去の成功が足かせとなっている方々)

3. 売上は3,000万円以上あるが、自分の力の限界を感じている方々

4. 自分の時間や余裕がない方々

5. 会社を仕組み化、組織化していきたいと考えているが、やり方がわからず困っている方々

これらの悩みは、まさに私自身が経験してきたものです。だからこそ、その苦しみや不安を深く理解し、具体的な解決策を提示することができると考えています。

例えば、ローンチ後の疲弊感については、私自身も経験したことです。毎日遅くまで働き、体重が39キロまで落ちた経験から、各業務の数値化、人に任せて仕組みにしていく、効率的な働き方の必要性を伝えています。

具体的には、

ツールの活用方法
高付加価値を実現する商品開発
成約率50%超を実現するセールス組織の構築法
リストを安定獲得するリストマーケティング
ROAS300%以上を叩き出すマーケティング組織の創り方

SNSでの成功が足かせになっている方々には、私自身のSNS戦略の変遷を例に挙げて話をしています。

最初はアメブロから始まり、その後インスタグラム、YouTubeと展開していった過程で学んだこと、特に各プラットフォームの特性を活かしたコンテンツ作りをチームで行っていく重要性を伝えています。

また、「SNSの奴隷にならない」ための時間管理術も共有。

売上3,000万円を超え、自分の限界を感じている方々には、私が経験した組織づくりの過程を詳しく説明しています。特に、権限委譲の重要性と難しさ、そして信頼できるチーム作りのコツを伝えています。


また、財務管理の重要性も強調し、私自身が数字に強くなっていった過程も共有しています。

時間や余裕がない方々には、私が実践してきたタイムマネジメント術を伝授しています。特に、重要度と緊急度のマトリクスを使った優先順位付けの方法や、社長がやるべきことのタスクの絞り方についてお伝えしています。

会社の仕組み化、組織化に悩んでいる方々には、私たちが作成した「CCS(Corporate Culture Standard)」の内容や、その作成過程を詳しく説明しています。また、人事評価制度の構築や、社員教育プログラムの作り方なども公開しています。

このWoman Owners Clubを通じて、多くの女性起業家と出会い、その成長を一緒にサポートできるのは、私にとって大きな喜びです。皆様の成功物語を聞くたびに、この講座を始めて本当に良かったと感じています。

振り返りと未来への展望

ここまでの道のりを振り返ると、本当に多くの失敗と挫折がありました。しかし、その一つ一つが貴重な学びとなり、今の私を形作っていると感じています。

最初の頃の私は、自分自身のことすら理解できていませんでした。


人間として未熟で、相手としっかりコミュニケーションを取ることもできませんでした。


システムエンジニアとの喧嘩、スタッフとの衝突、協会コミュニティの崩壊。これらの経験は全て、私のコミュニケーション能力の不足から来ていたのだと今では理解しています。

しかし、これらの失敗を通じて、少しずつ自分を知っていくことができました。自分の強みと弱み、価値観や信念。これらが明確になっていくにつれ、世の中を見つめる軸ができてきたのです。

自分という軸が見つかったことで、世界を眺める視点が大きく変わりました。


以前は「売上」や「成功」といった表面的な目標にとらわれがちでしたが、今は「どれだけ多くの人の人生を豊かにできるか」「どれだけ社会に貢献できるか」という視点で物事を見るようになりました。

今みんなは目の前の仕事を頑張ってくれていて、本当に感謝しています。


気づけば当時掲げていたビジョン実現も現実味を帯びてきたところです。ありがたい限りです。私一人では成し遂げることはできなかったでしょう。

プライベートでは、2匹の犬が家族に加わり(子供の頃から犬を2匹飼うことが夢だったんです。)


駅前にドッグラン付きでリビングが吹き抜けの新築を建てました。子供たちも犬も毎日、家中、庭中、思いっきり走り回って楽しそうです!

日当たりと大きな窓にこだわりました。

寒がりの暑がりなので、全館空調で年中快適。耐震もバッチリです。ランドリールームから繋がるウォークインクローゼットには、大好きな洋服を綺麗に並べて見てるだけでもテンションが上がります。

住宅メーカーは三井ハウスです。カーテンは自動開閉。

連休はスタッフとパーティーをしたりしてます。

大きな海外製のオーダーキッチン(CUCINA)で夫婦で料理をしたい!海外製の食洗機を設置したいという夢も叶えられました。夫と協力しながら家事を行なっています。

家電は黒で統一。


お買い物が好きなので、週末は百貨店に行って、好きなブランドバックやジュエリーを購入したりも楽しい。

夫婦でたくさん国内外問わずデートができる時間の余裕も手に入りました。

子供をインターナショナルスクールに通わせたり、毎日好きな習い事もさせてあげられて、長期休みは海外留学も経験させられています。

息子に行きたいところを聞いて、次の日には出発したり。。

毎日忙しくて必死でしたが、お花や観葉植物にも興味を持てるほど、心にもゆとりが生まれました。

最新美容や自分磨きも思う存分楽しめています。

週2回筋トレ、週1回ピラティスをパーソナルで通ってます
肌はいつもすっぴん。歯はスーパーエナメルラミネート
3週間置きにまつ毛エクステにネイル、髪質改善にも通ってます


何ひとつ我慢せずにやりたいことを詰め込めている人生
。こんな生活が待っていたなんて、起業して毎日疲弊していた5年前の私には想像できませんでした。


何もない主婦からのスタートだったので、本当にたくさんの失敗をしましたが、その分だけ成長できた
と感じています。


そして、これらの経験を通じて得た学びは、他の人にも伝えられる貴重な財産となりました

今、私は新たな挑戦に向けて準備を進めています。これまでの経験を活かし、より多くの人々の健康と幸せに貢献できるサービスを展開していきたいと考えています。

瞬食-SHUNSHOKU-を世界の共通言語に。世界の健康食文化の礎を作っていきたいと考えています。

だからこそ今、Belle Lus株式会社は第二章に入ったと思っています。

-創業期▶本当に必死で、生活の全てがBelle Lusだった
-成長期▶特許も開発して組織が急拡大。売上も右肩上がり。
-試練期▶組織の急拡大によるひずみ。協会モデルからの撤退を意思決定し、改めて本部にパワーを集約。
-再生期▶社員を雇用して組織化、仕組み化。働きやすい会社を志向。

同時に、Woman Owners Clubを通じて、より多くの女性起業家をサポートしていきたいと思っています。

最後に、これから起業を目指す方々、そして現在奮闘中の起業家の皆様に、私からのメッセージを送らせていただきます。

「失敗を恐れないでください。失敗は成功への階段です。そして、決して諦めないでください。どんな困難も、必ず乗り越えられます。組織力を高めていくことで、大きな夢も叶えられるのです」

私の物語もまだ続いています。そして、皆様一人一人の物語もまた、これからが本番なのです。共に成長し、より良い社会を作っていけることを心から楽しみにしています。

お知らせ

私が運営しているWOC(Woman Owners Club)は、1期で募集を終了する予定だったのですが、


『こんなに包み隠さず教えてもらえる講座はない』
『私は社長に向いていない、これ以上拡大することもうできないかも…と思っていたけど、まだまだいけそうです!』
『数字を見ることに蓋をしてきたけど、課題が明確になり爆速できそうです!』


など、私たちもびっくりするくらい非常に好評をいただけているので、今後も開催していこうと決めました。


会社の仕組み化、組織化は、売り上げをあげていく要です。これをやらずして、ビジネス規模を拡大することは不可能なので、一人社長で疲弊している人はぜひ参加してください。


以下よりタップすると詳細が見れます。

https://belle-lifestyle.jp/woc_seminer_yr


・このまま事業を継続できるのかと悩んでいる。
・忙しい、現場から抜けたいのに抜けられない。
・どんな人を採用したらいいかわからない。
・なかなか人に任せられず結局自分でやってしまう。

↓↓↓ このような状態から ↓↓↓

・ビジネス規模を拡大したい
・自走する組織をつくりたい
・お金と時間の自由を叶えたい

このように変化させていくことを誓います!


私の人生もまだまだこれからです!!!!

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