工場のお仕事2

最近になって「トヨタ生産方式」というものがあることを知りました。
文字通り大手自動車メーカーであるトヨタが採用して大きな成果を上げている手法だそうですが、失敗している例も少なくないと聞きます。
恥ずかしながら私は全然知らなかったのでどういうものか調べてみたところ、要するにとことん無駄を省くといったもののようで、もしかして私の前の職場もこれを採用してたんじゃないかと暗澹たる気持ちになりました。

当時勤めてた工場の現場で進められた「効率化」では、「見える化」「無駄なものをなくす」といったコンセプトで、必要なものまで代替品なしで次々となくされていきました。現場からしたら嫌がらせとしか思えない暴挙そものもでした。
それは工場長の指示で、実際自分でライン作業を経験したわけでもない人がパッと見て必要ないと思ったものをとことん排除するという、思い出すだけでも腹立たしい馬鹿馬鹿しい作業でした。
お陰様でモノは少なくなったかもしれませんが、作業は非効率の極みで、事故を起こさないために現場の負担は増しました。
その頃はそのラインはいずれ全自動化するということだったので、あと少し我慢したらここともおさらばだと思って粘って、しかし二年たっても三年たっても一向に全自動化は進まず、私はやりにくさと危険が増したラインで歯を食いしばって頑張りましたが、限界を迎えて辞めました。

私が辞めて二年ほどで新しいシステムは稼働したらしいのですが、あまり良い話は聞きませんでした。現在は当時の同僚とも完全に縁が切れて、どうなっているかはわかりませんが年中出ている求人を見ると想像はつきます。

効率化は良いことだしライン上に無駄なものを置かないほうがいいのは当然の事です。しかしそれまでもそういう事がされてなかったわけでありません。少なくとも、私がその工場で働き始めて数年は納得のいく改革が行われていました。現場と管理職の間で意思疎通ができていたからです。

後年の悪夢のような「改革」は、現場をほとんど知らない人が頭で考えて行ったもので、私たち現場の末端の声は、まったく届かなくなっていました。これは誰が悪いかというより、マニュアル化の弊害だと思っています。
何かを改革しようと思うと、現場からは慣れた方法がいいと必ず反対が出ます。それは、どんなに良いと思われる方法でも、必ずそうです。
だからこそ説明して話し合って不安点の解消に努めて、そうして実現するべきなのです。本来は必ずそうあるべきなのです。
しかし、あの惨状を思うと、いちいち現場の声を聞くな、というマニュアルでもあったんじゃないかと思ってしまいます。
思い出すたびに、怒りというよりは虚しさと悲しみがこみ上げてきます。

求人を探していて、工場があるといいなと思ってしまうのですが、私の場合は工場ならではの仕事のきつさよりも、前の職場のような理不尽な体制だったらと思うとそっちで躊躇してしまいます。
ただしんどいだけならまあ我慢できます。工場は人が多ければ多いほど人間関係が希薄で、忙しいところほどいじめをする暇はありません。私はそういうところのほうがいいのです。
きれいな工場で効率化も進んでいるはずなのに、なぜか人がいつかないところは、見えないところで人間関係が悪いか、現場が見た目だけきれいでめっちゃくちゃ仕事がやりにくく、改善の余地もないかのいずれかではないかと私は想像します。
何度も言いますが、工場に限らず人は大事なのです。現場の末端のいうことなど聞かずマニュアルに従わせれば良い、という考えをお持ちの上層部のいるところならまず人はいつきません。
働きにくい職場では人間関係も悪くなりやすいです。
だから全部機械化しようとか考えても、そういう話ではないのです。

なぜ人が辞めるのだろう、無駄を省いたきれいな職場なのに、とお思いの上層部の方は、現場と意思疎通が取れているか、本当に現場の声を聞ける環境になっているかを再確認されたほうがいいかと思います。意見を募集して聞いているつもりになっても、それが反映されなければ聞いていないのと一緒なのです。こう決まっているから無理だ、とはねつける前に、話し合って問題の本質を突き止め、妥協点を見出すことが大事なのです。
と書いたところで、そんな暇ねぇか…とまたむなしくなったところで今回はこの辺で。

次回は工場で働いていて出会った印象的な人たちの事をざっくり書きたいと思います。

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