爪の白点とふつうの日記 22.04.02
ふたたび無職になり、相変わらず布地のお片付けなどしながら過ごしています。ねこの事はまたねこ日記で書こうと思いますが、ご飯の量も増えてうんちも快調でいい感じです。たまにギャオーって怒りますが、大抵電気ストーブがついてないときです。まだまだ寒いよね。
爪の白点の話ですが、右手人差し指に出てた白点はほぼ爪先を通過してるんですが、特にこれといった事はなく?と思っています。のちのちあの時のあれがこんなことに!となる事もあるので、この時期にあった事は一応気に留めていますが、迫りくる黒点の方に怯えています。大きくはないけど複数あって位置的に一斉に爪先に達しそうなのです。でも同じくらいの位置に同じくらいの大きさの白点も出てるので、心して待とうと思います。
あとは右手の小指の爪先近くに小さな白点が出現しました。小指は財運なんです、たのしみ!
白点について調べたら解釈はいろいろあって、人差し指が仕事運、薬指が財運と解釈する場合もあるようですが、人それぞれ違うのかもしれないし、私が白点あったけど何もなかったなと思う場合は解釈が違うパターンなのかもしれません。でも中指と小指はマジでガチ、それは私に関しては間違いないです。薬指と人差し指にはあまり出ず、出ても結局何だったのと思う場合も多いので、もしかしたら解釈が違うのかもしれないです。
親指にはたまぁに出ますが、白点は家族の喜びごとが多かったですね。
今回は小さいのが両方に同じくらいの位置に出てますが上がってくる速度が遅く、月末くらいになるかもしれません。
話は変わりますが、自分が運が悪いとか運が良いとか考えることがあるんですが、これまで最悪の事態だけは毎回回避できていたので、悪運は強いのかもしれないです。
でも幸せを感じた事は、思えばなかったかもしれません。
人生における幸せの絶頂って、人によってはいろいろあると思うんですが、私は最悪の事態を回避できた安堵感を味わった事は何度かありましたが、幸せに関しては何も心当たりがないなあと。
これまでの人生で飛び上がるほど嬉しかった事といえば、好きだった高校球児が好きな球団にはずれ一位指名された時と、オマリーが阪神の臨時打撃コーチに就任した時かな…と思います。
でも実は、幸せな事はあったんだろうなと思います。
自分がそれを感じなかっただけで。
志望校に受かったときは、これからの新生活に対する不安だけでした。
自分の作ったものを好きだと言ってもらえた時も、自分は頼まれてやっただけだから、言葉に対して感謝しただけでした。
達成した事もそれなりにあったはずで、でもその結果に自分で満足してなかったし、若いころ本当にやりたかったことに立ち向かわなかったというコンプレックスが未だにあるのも原因かもしれません。
幸せな事をひとまず何も考えずに幸せだって思うのは、けっこう大事なことかもしれないなあと。
小さな幸せはたくさん感じてきましたよ。
自分で小さなサイトを運営して、そこに来てくれる二人の閲覧者さんと交流して好きなものを共有できていた頃が私は一番幸せでした。
そんなんで良かったんですけどね、私は。
でもきっと、これからもそんなんでいいんですよ私は。
本当に好きなことで頭をひねって、二人の閲覧者さんが楽しんでくれたら。
身の丈に合った環境で、毎日をささやかに生きられたら。
ただそれがむつかしい現在。
幸い好きな事に向かい合える時間だけはあるので、そこにだけは集中しようと思います。
好きな事、できる事があるっていうのも実は幸せなことかもしれないですね。