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熊倉献『ブランクスペース』1巻

先月、人生初の引っ越しを経験しました。一人暮らしの転居なので、家具や日用品はそれほど多くないはずですが、荷物量を見積もると業者曰く「1.5人分」とのこと。その大部分を占めてたのは何か? といえば、本とマンガ。

引っ越し日も近付き、引越し業者のロゴが入った段ボール数箱に「既読」と「積読」に分け、さらに「既読」の作品を『読み返す』『読み返さない』に細分化して箱詰めしていきます。おそらく『読み返す』の段ボールの中にある作品も読み返すのは、ごくわずかなのかもしれないですが…、それは考えないように、考えないように。

今は新居に移り住み、『読み返さない』段ボールに詰め込んだ本とマンガをこつこつメルカリに出品し、そのわずかな売上金をコンビニでの支払いに充てています。ある意味、自らの文化資本でご飯を食べています。

マンガの備忘録を一冊。

■熊倉献『ブランクスペース』1巻

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ある雨の日、女子高生の狛江ショーコは、同級生の片桐スイが不思議な力を持っていることを知る。ふたりの出逢いをきっかけに、やがてひとつの街を巻き込んだ『空白』をめぐる物語が動き出す――(コミックスの帯文より)

『空白(ブランク)』が想像力を刺激するガールミーツガール青春SF。装丁は上下に大きく余白があり、裏表紙までぐるっとパノラマでハチマキになってます。

狛江ショーコは、同級生の片桐スイが不思議な力(=頭の中で組み立てたものを現実世界に透明な物体として生み出す能力)を目撃し、他言できない秘密を共有する関係性になります。

片桐『うーん…なんでもって訳ではないかなー 頭の中で仕組みがわかって組み立てられるものだけ… 何もないのに…空白なのに でも…あるんだ』狛江『クッキーのくり抜いた生地の方とか ドーナッツの穴みたい…』(「#1 緑茶も紅茶も」より)

何の気ない笑い話の一つとしてのドーナッツの喩えですが、『ブランクスペース』の題材と作風を表しているセリフに感じました。つまり、熊倉献さんのシンプルな描線そのものが、マンガの背景というクッキーの生地を切り抜く型であると言えると思います。だから、片桐スイが生み出す背景の透ける輪郭線は、空白なのにあるように見えます。

透明人間になったら何をしたい?という質問に常識を超えて想像力が膨らむように、それに似た面白さが『空白』を生み出す行為にもあります。

しかしながら、片桐はクラスメイトからのいじめを受けることで、生み出す『空白』に変化が生じます。今までは、見えないトーストで食パンを焼いたり、見えない踏み台で空中浮遊ごっこをしたり、二人で共有できる遊びのための『空白』でした。それが、刃物やけん銃といった他者を傷付けるための『空白』に変化し、秘密を共有している狛江にも隠すようになっていく。

#1の冒頭にて狛江は、失恋からの突発的な破壊衝動で巨大な星型の落下物が校舎ごと潰すことを妄想しました。「#5 文学」では、片桐も破壊衝動から巨大な『空白』の落下物を生み出そうとする。このシーンは個人的に強く印象に残っています。

「面白い絵が自分でも見たいんです。描きやすいけど退屈なものより、絶対に大変だとわかっていても、描いていて楽しい印象的な絵にしたい」(『anan』2021年4月21日号より)

そして、1巻の残り数ページで物語は大きく急旋回。『空白』で心の穴を埋めることはできるのか。

ウェブサイトから1巻の続きも読めますが、単行本で読み進めたいので楽しみ続刊の発売を待ってます。

おわり

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