見出し画像

【小説】女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜③

この小説は、スタエフで市場性と逆算思考さんが配信されている妄想ネットフリックスドラマ「女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜」の解説をベースにし、もしも妄想ネットフリックスドラマがヒットしてノベライズが発売されたら、という更なる妄想をもとに書き下ろした内容の第3話です。
内容は実際の人物、団体等には一切関係ありません。

元となった市場性さんの配信はこちら

前回のストーリーはこちら
1話から読む場合はこちら

では、本編どうぞ。

=================================
女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜第3話
原作(仮想ドラマの語り部) 市場性と逆算思考
ノベライズ キモトリコ
=================================

(これが、勝ち組の暮らしかーー)
タワーマンション15階の一室に足を踏み入れた松下は、失礼にならないように気を遣いつつも、興味深くあたりに視線を走らせた。
間取りは2LDKだろうか。ダイニングの横にあるアイランド型のキッチンは電車の吊り広告で見るようなオシャレなデザインだが、シンクには洗い物が溜まっているのが見えて思わず目を逸らす。
窓際に置かれたダイニングテーブルと椅子は、部屋の雰囲気に比べると幾分安っぽく、松下は少しホッとする。とは言え子供椅子はよく雑誌で見る、高さが変えられ一生使えると言う触れ込みのブランドものだった。
住人である今井隆からダイニングチェアに座るよう促されて腰掛けると、窓からの景色は思った程の見晴らしではなかった。
「あんまりいい眺めじゃないですよね」
今井は、松下の心のうちを見透かしたかのようにそう言うと、コーヒーの入ったマグカップをテーブルに二つ置く。
「15階って言っても中層階ですから。この辺は眺めを求めるなら高層階じゃないと……と言ってもここより上の階は金額的にとても手が出ませんが」
「あ、いえ……」
否定も肯定もできず、松下は話題を変えようと視線を巡らす。
ダイニングと繋がったリビングのローテーブルでは、2歳くらいの女の子が必死にドリルのようなものに取り組んでいた。松下には当然妻も娘もいないのだが、母親を亡くしたばかりの幼い子供が、もくもくと勉強的な作業をこなしていることに、なんとも言えない想いが込み上げる。
「結奈…娘はね、ああやってちゃんと宿題をすれば妻が帰ってくるかもしれないって、そう思ってるんです」
今井の言葉に、松下は返す言葉がなくマグカップに目を落とす。おそらくインスタントなのだろう、混ぜ残した粒がカップの縁に張り付いている。
「あ、どうぞ、飲んでください」
「いただきます」
コーヒーを口にすると、香りは薄っぺらだが、想像の三倍くらい濃く苦い味がした。

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

松下が三人目の自殺者の夫である今井隆と話ができたのは、保育園に狙いを定めてからさらに1週間後のことだった。大きめの認可保育園から辺りをつけて行ったのだが、探しても探しても見つからない。もしかして幼稚園か、それとも祖父母に預けていたのかと諦めかけたところで、駅から少し離れた無認可の小規模保育園に通っていることを突き止めた。
今井は初め、松下の取材を嫌がった。妻が飛び降り自殺をはかったのだ、答えたくないのも当然だろう。だが、松下はしつこく食い下がり、言葉を重ねた。そして「これ以上同じような被害者を増やしたくない」という一言にようやく心を動かし、取材を了承してくれたのだった。

「初めに不躾な質問で恐縮ですが、本当に自殺だとお思いですか?誰か他の人に突き落とされた可能性は」
松下は今井に許可を取ってICレコーダーを置きノートを開くと、単刀直入にそう切り込んだ。この調査を始めてから、ずっと思っていた疑問だった。
「いえ……その可能性はないと思います。このマンションのセキュリティは厳重ですし、怪しい人が防犯カメラに映った形跡もありません。それに……」
「それに?」
「お、追い詰めたのは自分かもしれません。最近、喧嘩が絶えなかったので」
今井の声は僅かに震えていた。
「失礼ですが、どんな理由で喧嘩されたんでしょうか」
「妻は、変わってしまったんです。まるで別人のように。出逢った頃はもっともっとちゃんと、一緒にいろんな話ができたのに、最近は……!」
思わず声が大きくなった今井に驚いたのか、娘の結奈が手を止めてこちらを見た。
「落ち着いてください、今井さん。順番に伺ってもいいですか?まず、一番最後にした喧嘩の内容は思い出せますか」
今井は、コーヒーを一口飲み、自らを落ち着かせるように小さく息を吐いた。
「仕事を続けるかどうかの話し合いで、喧嘩になりました。妻とは社内恋愛で、同じ会社に勤めています。うちの会社は女性が働く制度が整っていたので、産休育休をとって戻ってくる女性社員が殆どです」
「もし差し障りなければ、勤め先の会社名をーー」
今井は、ある有名な大手企業の名前を答えた。
「妻も制度を利用し、会社に復帰しました。お互いに家事も育児も分担して、出産後も仕事を続けようと、そう話していたんです。それなのにーー」
「仕事を辞めたい、と?」
「はい、正確には会社を辞めて独立したいと言っていましたが。飛び降りる数日前に勝手に退職届を出していたことがわかって、それで喧嘩になりました」
今井はティッシュを勢いよく二枚抜き取ると、鼻をかんだ。ティッシュケースは手作りだろうか。これだけやたらと素人感が目立つ。
「このマンションは、妻とのペアローンで購入しました。僕一人の給料では手が届かなかったんですが、妻が自分もローンを組むから、と。それで、今思えば分不相応なローンを組んでしまったんです。それでも、妻が定年まで働き続けてくれれば返せる計算になっていました。それが、勝手に会社を辞めるなんて」
「奥様は、なんで会社を辞めたかったんでしょうか?」
「それは……もっと自分らしく働きたいから、と」
「自分らしく?」
予想外の言葉に、松下はノートをとる手が止まる。
「どういうことでしょうか?」
「僕にも、よくわからないんです。ただ、仕事も育児も中途半端なのが苦しいって言ってました。本当はもっとやりがいを持って働きたいし、結奈のこともちゃんと見て、たくさんの体験を与えてあげたいって。その為に、もっと自分の能力を活かして、自由に働きたいんだと」
「能力というのは、何か得意なことがあったんですか」
「それもわかりません。子供の頃はピアノを習っていたって言ってたかな。大学はテニス部だって言ってました。英語は、簡単なビジネス英会話くらいは使えると思います。ただ、お金になるような特技があったかというと、少なくとも自分は聞いていないです」
「独立してお金を稼ぐという点について、具体的にはどんなことをするつもりだったんでしょう?」
「その辺は何回質問しても明確な答えは返ってきませんでした。ただ、自分らしく働けそうだから、応援して欲しいの一点張りで」
「なるほど」
松下は、頭の中で考えをまとめていく。誰もが羨むような大手企業に勤めていて、女性が働く制度もしっかり整っていたのに、突然独立したいと言い出したのは何故なのかーー。自殺の鍵はそこにあるのだろうか。
「今お勤めの会社を辞めて、独立を目指されていた、と。何か、思い当たるきっかけなどはありますか?会社を辞めたいという」
「きっかけ……」
今井は少し考えこんだ様子だったが、
「直接のきっかけになるのかはわからないんですが、娘を産んだ直後くらいから音声配信をよく聞いていました。今思えば、あの頃から少しずつ変わり始めた気がします」
「音声配信?」
「ええ、BCとかMFってサービスが有名なんですが、ご存知ないですか?」
「すいません、不勉強で」
松下は申し訳なさそうな表情をしつつ、BCとMFというサービス名をノートに書き留めた。
「いえ、自分も妻から聞いて初めて知りましたから。普通は知りませんよね。娘は生まれたばかりの頃はなかなか寝てくれなくて。寝かしつけの間に楽しめるものと言うことで、音声配信を聞き始めたと言っていました」
「ラジオみたいな感じですかね?」
「よくわからないんですが、もうちょっと聞いている人と配信者の距離が近い感じがします。娘が生まれて半年くらいしてから、オフ会っていうんですかね、聞いている人の集まりみたいなものにも参加したりして。最初は楽しそうな妻を見て、僕も新しい趣味が見つかって良かったなと思っていました」
「最初は、ということは、途中から変わったんでしょうか」
「はい……。途中から、オフ会というよりは講座とかセミナーのようなものに通うようになっていって。別にそれ自体はいいんですが、どうも結構な金額を払っていたようなんです。同じくらいの時期から、仕事を辞めたいということも口に出すようになりました」
「結構な金額、というと具体的にはどのくらいの」
「妻の口座から払っていたのではっきりはわからないんですが……」
話しながら、今井は少し声をおとした。
「おそらく百万以上は支払っていたのではないかと」
「ひゃ、百万?」
松下は、思わず声が上擦ってしまった。大手企業はそんなに高給取りなのか。わかってはいたが自分との違いに衝撃を受ける。
「それは……随分高額ですね」
松下が言葉を選んで返すと、今井の表情が曇るのがわかった。まだ何か言いにくいことがある。松下はそう直感的に思った。
「この取材で話したことで今井さんのプライバシーが侵害されるようなことは絶対にありません。何かあったなら、話していただけませんか」
今井は松下の言葉にしばらく逡巡していたが、決断した様子で口を開いた。
「妻は、借金をしていました。それも500万も」

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

今井の話をまとめると、こういうことになる。
妻である希さんは、今井さんに無断で500万をホズミ銀行から借りていた。利率は15%で、法定利率上限ギリギリではあるが違法なローンではない。したがって返済義務が発生する。
一方、マンション購入にあたってはペアローンを組んでおり、こちらの返済は団体信用生命保険に入っていたので妻の分の債務は無くすことが出来た。ただし妻の持分を相続するということは同時に借金も相続することになる。今井さんは当然、借金込みで相続する方を選んだ。
500万円の借金返済にあたっては、希さんの生命保険で支払うことはできたが、元々生命保険の額がそこまで高いものではなかったので、今井さん自身の住宅ローンを返済するには遠く及ばない。加えて、娘さんの育児や家事は今井さん一人ではままならないが、頼りたい実家は地方にあり、高齢の両親をこちらに呼び出すわけにもいかない。悩んだ今井さんは会社を辞め、実家に帰って新しく仕事を探すという道を選んだ。
今井の取材後、他の遺族にも取材を行ったが、いずれも同じような状況であった。

松下が編集部に戻ってそのことを役所に報告すると、役所は腕を組んで眉をしかめた。
「田舎に帰ったのは、マンションに居づらくなったってのもあるかもしれないな」
「え?」
「聞いてないか?自殺騒動のせいでマンションの資産価値が随分下がってるらしいじゃないか。きっと住民から恨まれてるだろうな」
「奥さんが自殺して、その上周りの人からも恨まれるなんて、たまったもんじゃないですね」
「それに、資産価値が下がったってことは、今売却したら買った時より随分損してるだろう。下手すると売っても借金残ってるんじゃないか?」
「確かに…そうかもしれませんね」
松下は、役所が心を痛めているのを感じた。決して同情的な言葉は口にしないが、長年の付き合いで松下にはそれがわかる。こういうところが、どんなに怒鳴り散らされても、ペットボトルを投げつけられても、嫌いになれないのだ。
「これは、次があるな」
「俺も、そう思います」
「で、どうすんだ?」
「どうって」
「このまま指咥えて次の飛び降りを待つつもりじゃないだろうな」
「そりゃ俺だってなんとかしたいですよ。でも日本中のタワーマンション見張るわけにもいかないし」
「アホ」
言葉と同時にタバコの空箱を投げつけられた。役所は松下が知り合った時からずっと変わらずピースを吸っている。それも一日に二箱。編集部でも平気でスパスパやるので、役所の机に積まれた書類は時間と共に黄ばんでしまう。
「おかしくなったのは、その、なんだ?CC?MM?よくわからんが」
「BCとMFです」
「だいたい一緒だろ。それと、セミナーに行き出してからってわかってんだろ?」
「はい、それは三人とも共通していました」
「だったらお前もそのCCかMM聞いて、参加してくりゃいいだろうが」
「え?でも配信もセミナーも企業を女性向けですよ。俺なんかじゃ、その」
「うるせぇ、聞こえないのか。参加してこいって言ってんだよ。そのセミナーに」
役所はニヤリと口元を歪めて、松下を見た。表情そのものは笑顔だが目は笑っていない。この表情は本気の表情だと理解した松下は、セミナーへの参加を決めた。

第4話に続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?