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【小説】女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜②

この小説は、スタエフで市場性と逆算思考さんが配信されている妄想ネットフリックスドラマ「女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜」の解説をベースにし、もしも妄想ネットフリックスドラマがヒットしてノベライズが発売されたら、という妄想をもとに書き下ろした内容の第2話です。
内容は実際の人物、団体等には一切関係ありません。

市場性さんの元の配信はこちら。
https://stand.fm/episodes/66e043248661c1793391e337

前回のストーリーはこちら

では、本編どうぞ。

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女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜第2話
原作(ドラマの語り部) 市場性と逆算思考
ノベライズ キモトリコ
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「だから話したくないって言ってるだろ!」
田中は男の差し出した名刺を無視して、逃げるようにエントランスに向かった。事件から1週間経った今でも、マンションの周りには時々事件について嗅ぎ回る奴らが現れる。本当に迷惑だった。
飛び降りが起きた朝のことは思い出したくもない。あれは人生最悪の朝だ。人間が高いところから落ちると、まさかあんな姿になるなんて……。
「なんでもいいんです、自殺された女性についてもしご存知のことがあれば」
「だから知らないって」
警察から状況は聞かれるし、ワイシャツは血がついて落ちないから捨てる羽目になるし、そして何より妻から聞かされたマンションの売値が一時的に下がっているという噂。それが本当なら、自分が売却するころに金額はまた上がる可能性はあるだろうか。本当に、とばっちりもいいところだ。
「些細なことでいいんです。あ、じゃあ女性ではなく、ご主人と交流は……」
「うるさい!」
振り払ったはずみで、相手の男がよろけて転ぶ。流石に気まずくなり、田中は男を助け起こした。服装や雰囲気で若い男かと思っていたが、顔を見たらどうやら40歳手前で、年は田中と大して変わらないようだ。田中は男の名刺を見ながら、
「あなた……松下さんって言うの?どっかの記者の人?こんなところで聞き込みしたって無駄だよ。話したくないのもそうだけど、本当に何も知らないんだ」
意外そうな顔をした松下に、田中は続ける。
「39階建てのこのマンションには千近く部屋がある。どんな奴が住んでるかなんて誰も知らないんだよ。子供が同じ学校だとかそんな付き合いがなきゃ、名前だって知らない。なんでこんなこと調べてるんだか知らないけど、さっさと諦めな」

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

田中がマンションに入っていく様子を、松下は力無く眺めた。
もう1週間近くこんなことを繰り返している。
松下はフリーのライターだ。元々出版社で働きたかったのだが、Fランク大学の松下が大手出版社で採用される訳もなく就活はほぼ全滅。卒業直前で弱小の編集プロダクションに拾ってもらったまでは良かったが、激務につぐ激務で30を少し過ぎたあたりで身体も心も限界がきてしまった。会社をやめて一年くらいは貯金を食い潰して生活していたが、なけなしの貯金もそこをつき、知り合いのつてをとにかくダメもとで回ってみたところ、大学の先輩であるB級出版社勤務で実録ファクトファイトの編集長、役所が、フリーでよければという条件で雇ってくれたのだった。

松下は手ぶらで出版社に戻った時の役所の顔を想像して暗い気持ちになる。元々このネタを追うように指示したのは役所だった。役所はパワハラセクハラなんのそのと言う昭和のオヤジタイプで、とにかく口が悪い。そしてもっと最悪なことに口だけでなく手も出るので、編集部員は皆、役所の機嫌を損ねないようにいつも必死だ。役所の贔屓の野球チームが負けた翌日に限って体調不良で休暇をとる人が増えるのは、おそらく気のせいではないだろう。
そんな役所だが、松下は彼の嗅覚を信じていた。野生の勘というのか、事件をかぎ分ける嗅覚がとにかく鋭い。性格に難があっても編集長でいられるのは、この勘を使っていくつも特ダネをあげてきたからなのだ。そして、なんだかんだで実は情に熱い。その事を松下は大学時代からの付き合いで知っている。

タワマン飛び降り事件について、役所も一度目は不幸な事故だと思っていたらしい。だが間をおかずに2度目が起きた時、役所の目の色が変わるのを松下は感じた。これはデカい山だと言い切る役所に、松下はそれでもまだどこか半信半疑でいた。そこに3度目の飛び降りが起き、松下は今回も役所の勘が正しい事を確信したのだ。

松下は夕暮れに浮かぶタワマンの明かりを見上げた。
(こんな立派なところに住んで、何が不満だっていうんだよーー)
貧乏アパート暮らしの松下からしたら、目の前に広がるタワマンの群れは、さながら王国の要塞のように見えた。松下が一生働いたって住むことのできない、夢の国の要塞だ。
3人の女性たちは、本当に自殺したのだろうか。それとも、殺されたのだろうか。警察の発表は事件性はないの一点張りだが、松下にはどうしても信じられない。結婚して、子供もいて、こんないいところに住んで、きっと仕事だって自分じゃ絶対に就職できない会社、いま流行のJTCかなんかに勤めてるに違いない。そんな何もかも持っている女性が、なんだって死を選ぶ必要があったのだろう。もし本当に自殺だとしたら、松下には理由が想像もつかないし、それはとりも直さず松下が記事として書くにはなかなかに難しいと言うことなのだった。

それにしても、マンションの住民に繋がりが全くないことがわかったのは、今日の収穫であり、そして絶望だ。これからどうやって調査を進めよう。勤め先を調べるのは難しいし、調べがついたところでセキュリティ的にどうにもならないことは想像に難くない。他に何かツテはーー
松下は先ほどの田中の言葉を思い出す。
「子供の学校が同じ、か。そんなこと言われてもなぁ。……ん?」
松下の調べだと、飛び降りた女性には2、3歳の子供がいた筈だ。ということは、保育園に預けていた可能性が高いのではないか。保育園なら自宅からそんなに遠い場所に預けたりもしないだろう。このマンションから通える範囲の保育園を絞り込めばーー。
再び目に力の戻った松下は、スマホを取り出すと早速保育園を調べ始めた。

第3話に続く。


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