見出し画像

【小説】女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜⑥

この小説は、スタエフで市場性と逆算思考さんが配信されている妄想ネットフリックスドラマ「女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜」の解説をベースにし、もしも妄想ネットフリックスドラマがヒットしてノベライズが発売されたら、という更なる妄想をもとに書き下ろした内容の第6話です。
内容は実際の人物、団体等には一切関係ありません。

元となった市場性さんの配信はこちら

前回のストーリーはこちら
1話から読む場合はこちら

では、本編どうぞ。

======================
女衒ボーイズ〜ワーママクライシス〜 第6話
原作(仮想ドラマの語り部) 市場性と逆算思考
ノベライズ キモトリコ
======================

清野はその日、朝から落ち着かなかった。
元々休日でも7時には起きるようにしているが、前夜なかなか寝付けなかったのにも関わらず、今朝は5時に目が覚めてしまった。
(これも、何かの前触れかもーー)
清野が尊敬している麻生はいつも、目の前の出来事はすべて必然であり、そのひとつひとつに込められたメッセージを注意深く受け取る様にと、サロンメンバーに伝えている。朝早く目覚めたということは、これから起こる輝かしい出来事を受けての波動の影響に違いない。清野は二度寝はしないことに決め、隣に眠る我が子の頬をそっと撫でた。

息子の晴翔は少し前に2歳になったばかりだ。子供を産むなら絶対に学歴に有利だと言われる4月生まれか5月生まれがいいと思って子作りに励んだが、結局生まれてきたのは8月末だった。しかも、最初の子は育てやすいと言われる女の子を望んでいたにも関わらず、性別は男。勿論我が子は可愛いし、今は男の子でよかったと思っている。だが、子供という存在を意識し始めてから、自分の人生のコントロールが効かなくなった気がしていた。妊娠、出産、それに続く育児。どれも清野の立てた計画はことごとく目論みから外れていく。ネントレは上手くいかず寝かしつけに苦労する日々、復帰に向けての断乳も大変だった。そして仕事に復帰したと思ったら今度は発熱によるお迎えコールの嵐。
でも、そんな状況ももうすぐ一変するはずだ。
自分の人生を、自分で取り戻す。これが麻生の主催するオンラインサロンのモットーの一つだ。自分の人生を取り戻し、自分らしく働く。私にはその能力がある。そう思えるようになったのもサロンのおかげだった。

清野は出産前後からBCの育児系やワーママ系の配信を聞き始めていたのだが、そこで知り合ったリスナーからMFの存在、そして麻生の放送を紹介された。この出会いは、今でも運命だと思っている。
麻生は主に女性の起業や独立のノウハウを発信している配信者だ。元々は麻生自身も大手企業に勤めていたが、数年前に独立して成功した経歴があると聞いている。その時の経験をもとに独自のノウハウをまとめ、サロンメンバーに共有しているのだ。
清野ははじめ、無料の配信だけを聞いていた。だがコメント欄で有料サロンのメンバーが盛り上がっているのをみて、徐々に自分も仲間に加わってみたいという思いが高まっていく。しかし麻生はサロンメンバーの一人一人ときちんと向き合いたいという気持ちからメンバーの人数を絞っており、入ろうと思ってもすぐには加入できない。聞き始めて2ヶ月してようやく、1名空きが出たからと直に連絡があり、清野は迷わず入会を決めた。サロンに入ることができた時は天にも昇る気持ちであった。事前の情報では、半年以上待っても入れないこともあるらしいと聞いていた。やはり自分は運がいい。清野はそう思って嬉しくなった。
有料放送では無料にはない深い話がたくさんあり、多くの気づきを得た。特に心に響いたのは、自分にはまだ気づいていない能力が眠っており、その能力を使って働くことでもっと自分らしく生きられる、その上社会の役にも立つ、ということだった。会社というシステムにはめ込まれ歯車として働くのではなく、独立した一人の人間として個性を活かすことは社会貢献なのだと聞いた時、清野は目の前がひらけた気がした。自分の日々の鬱屈とした思いは間違っていなかったのだと、自分を肯定された気持ちになれたのだ。
他にも、人生が何故好転しないのかという話も衝撃的だった。自分のお金の使い方、そして時間の使い方が間違っていたことを今の段階で知ることができたのは幸いなことであった。

ちょうど同じタイミングで麻生は新しい講座を開くことを発表した。オンラインサロンでは伝えきれないもっと細かな内容を、人数を絞って本当にやる気のあるメンバーだけに伝えるという触れ込みで、一年前に同じ講座を実施した時は1週間で定員に達したらしい。金額や内容などは非公開で、説明会の参加者のみに麻生から直に説明されるという。何もかもが、サロンメンバーを大切にしている麻生らしい気遣いだと清野は思った。そして、清野はこの講座が自分のための講座であると確信していた。どのタイミングをとってみても、全て運命としか考えられない。そして、その講座の説明会が、今日の午後開催されるのだった。

昼ご飯の片付けを終え、晴翔を夫に預けると、清野は会場に向かうために家を出た。門を閉め、自宅を見上げる。8000万で30年のペアローンを組んだ、大事な我が家だった。ギリギリ20坪の土地に3階建。二人目を望むにはやや手狭だ。
(もしも、独立して上手く行ったらーー)
ここは手放して、新しくもっと広い家を建ててもいいかもしれないな。そんなことを考えながら駅に向かう。清野の足取りは軽かった。

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

同じ頃、松下も同じ説明会に向かおうとしていた。

編集長の役所から音声配信の界隈に潜入するように言われ、松下がはじめにしたことはBCとMFというアプリをインストールすることだった。そして恐る恐る事件と関係のありそうな配信を聞き始めたのだが、正直松下は戸惑った。
松下には子供がいない。その上、男である。ワーママをターゲットとした配信は何を聞いても状況が分からず、頭に入ってこないのだ。何度か聞くうちに、女性たちが大変そうにしていること、現状に不満があること、そんな中でも日々工夫してよりよくしようと頑張っていることはなんとなく伝わってきた。そして繰り返し聞くことで、なんとか全体の構造は見えてきた。
配信を聞いている多くは30代から40代の女性。専業主婦もいるが、どうやら働いている女性の方が多そうだ。そして、家事や通勤の合間に、少しでも人生にプラスになるようにと音声配信を聞く。移動時間にスマホの麻雀アプリで時間を潰している松下とは大違いだった。

複数の配信を聞く上でさらに配信を絞り込むと、松下はコメントの投稿を始めた。ハンドルネームは浮かないようにKAORUとした。カオルなら女性だらけの中でも浮かないし、実際にあった時に男性でも大丈夫だろう。
松下が狙いを定めたのはMFの麻生という配信者だった。遺族からも、時々自殺者から麻生の名前が出ていたと聞いている。麻生の配信は内容としては間違ってはいないが、至極当たり前のことを話しているだけだった。だが、やたらと人気がある。そして不思議なのは、調べても調べても表には麻生にまつわる情報が出てこないことだった。有料のオンラインサロンもあるのだが、活動内容も分からず、そもそも金額がわからない。まずは加入してみようと思ったのだが、常時募集もしていなかった。どうやら一人一人と丁寧に向き合うために人数を絞っているとのことだったが、松下はここに引っ掛かりを感じた。
(渇望感の演出ーー)
もしかすると、サロンの価値を高めるための操作かもしれない。松下がサロンの加入について質問のコメントをつけると、案の定半年待ちが当たり前といった返信がついた。だが程なく定員に空きが出たと連絡があり、松下はサロンに入会することができた。サロンのメンバー数は一応公開されているが、その実態を確認することはできない。もしかすると興味を持った人だけに門戸を開くように設計しているのかもしれないと、松下は考えた。

有料放送を聞き始めて松下が感じたのは、麻生という女の誘導の巧みさだった。
例えば、時間の大切さ、そして時間をお金で買う大切さを説く。ある日の配信はこうだった。家から駅まで10分、電車で20分、到着した駅から5分歩いた場所に目的地がある場合、そこにどうやって行くか。普通の人は電車で向かうだろう。だが自分は違う、タクシーで向かう。なぜならタクシーならばその時間で別のことができるからだ。今、まさにこの配信はタクシーの中で取っている。時間をお金で買い、その買った時間でお金を生み出す。成功者の違いはそこにあるのだ、とそういう内容だった。
こうやって正しいことにお金を使う必要性を説くことで、課金のハードルを下げる土壌を作る。それも、さりげなく。
麻生は元会社員だといっているが、本当だろうか。あまりにもやり口が上手いと松下は感じていた。

松下が加入して程なく、新しい講座を開催することが発表された。詳細は、直に説明会に参加したメンバーだけが聞けるという。これも、興味本位の外野を排除するために違いない。松下は迷わず説明会に申し込んだ。
ようやく、真相に一歩近づけるかもしれない。松下は期待と不安を胸に、会場に向かった。

続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?