俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
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四度にわたるチャレンジは、いずれも敗退という結果に終わった。
最初は気鋭の若手として、最後はいぶし銀のベテランとして、俺なりに貪欲に代表枠を争った結果だから……結果は結果だ、受け入れるしかない。
俺なりのケジメとして、何かしらの形で五輪に携わろうと聖火ランナーにエントリーしたのだが……
それから情勢は激変し、行き場を失くした聖火はどういうわけか俺の住処に留め置かれる事となったのだ。
朝、ルーチンワークめいて体をほぐしながら、聖火を入れたランプを目視で確認する。
今日も異常なし。
朝食をとり、ランプ片手に出社する。
現役時代から世話になっている企業で、営業や電話応対などの業務をこなしながら、デスクの隅に置いた聖火にも気を配る。
……異常なし。
胡乱なパルプフィクションで語られるような荒唐無稽な敵対者も、超常的神話光景もここには無い。
燃料は市販の灯油で事足りるし、友人や同僚も理解ある人たちばかりで、自慢じゃないが大変恵まれていると思っている。
……その一方で、俺が敗れた国の代表選手選考をやり直すというアナウンスが正式に発表され、まだオリンピックを諦めきれない俺の内心が葛藤を起こしていた。
聖火を預かるという役割は、いわば建前だ。
中学の頃から始めた競技だが、高校生の頃には日本屈指と呼ばれるまでに成長していた。
けれどそこから伸び悩み、有力選手と呼ばれながら最後までオリンピック出場は叶わなかった……そのはずだった。
四度も代表争いが出来るだけ、俺は幸せ者だ。
俺を支援したいという中堅企業が就職先まで用意してくれて、引退後も生活に困ることはない。
だが、逃したはずのチャンスが再び転がり込んできたのだ。このまま練習もせず諦めていいものか?
「なあ、もう一度だけ選考会に出てみるつもりは無いか?」
痺れを切らしたのか、俺を拾ってくれた人事部長が口にした。
「聖火を預かるのも大事だってのは分かるよ。けど、キミは本当に諦めきれたのかい?」
……その答えは、まだ出せていない。
本当に未練が無いなら、未練たらしく聖火なんか預からずに一般社会人として生きていけているはず。
けれど四度も敗れた俺が、今更争ったところで勝てるのか?
いつも答えは堂々巡り。
いつしか時間ばかりが過ぎてゆく。
俺はまだいい、こうして聖火の護り手を任されているのだから。
だが俺以外の選手、特に代表に選ばれていた選手は今どんな気持ちでいるんだろう?
これで選ばれなかったら、彼らはどうやって諦められるのだろう?
結局答えは出ないまま、聖火入りランプを片手に誰もいない家に帰宅する。
真っ暗だった家に、聖火の灯りが仄かに吸い込まれた。