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ryotaichinose『Lostronicity』セルフライナーノーツ

初めて制作した作品『Lostronicity』をサブスクにて発表してから1ヶ月が経ちました。知り合いから「聴いたよ〜」と言ってもらうことも多くあり、毎回かなり喜んでいます。

その1週間前に、参加しているバンド・1/8計画でも初めてアルバムを発表しました。こちらは想像以上に多くの反応をもらい、すごく嬉しいですが、そこに私の言葉が介在する瞬間はなく、ただただライブや今後のリリースを乞うご期待、という感じです。

『Lostronicity』は「Lost」「electronica」「city」という三つの単語を合体させた言葉だ。「Lost」という単語の語感が昔から好きで、中学生の頃妄想でアルバムのタイトルを考えている時に「Lost」という単語を使っていた記憶がある。それと、コロナ禍で私が「失った」とされる得られるはずだったらしい経験や、「失った30年」といった言葉に象徴される我々世代が「失った」らしい何か、に対する疑義がずっと私の中にはあり、「Lost」という概念はずっと頭の中に浮かんでいた。

「Electonica」はそのままジャンル=エレクトロニカであり、聞けば分かりますが、そういう音楽の端っこに恥ずかしそうに突っ立っているはずだ。クラブミュージックやダンスミュージックの様に機能化されたものでもなく、アンビエントのように背景化することを前提としている訳でもなく、ノイズのように偶発性に任せるのでもなく、それらの間を行ったり来たりしながらただ流れている音の美しさや音同士が織りなす景色に聞き惚れてしまうような電子音楽が好きで、そういう作品を少しずつ作って行けたら良いし、その一歩がこのアルバムだ。

そして「city」。そのまま街という意味でもあるし、「形態」「状態」を表す接尾語「city」でもある。私は生まれた街にまだ住んでいて、川を挟めば隣の県へ行けるし、少し自転車を走らせれば東京湾へ出ることが出来る場所に23年間ずっと身を置いている。東京ではあるが東京ではない、みたいな空間に居心地の良さを覚えていて、都市の無機質さと川や海や木々の有機的な営みが常に同居するこの街の折衷具合が作品に昇華されているんじゃないか、と言ってしまうのは自画自賛が過ぎるだろうか。そしてこれらの要素が一体になっている状態が『Lostronicity』であろう。

制作は全てAbleton Liveで行った。2024/3/27に学生割引が効くギリギリの段階でAbleton Live Suiteを購入し、6/22は全て完成していて、出すタイミングが分からず10月まで温めてしまった。ジャケット写真はTakahiro Hiranoさんにお願いしました。無機質さと有機的な雰囲気の同居、という分かるんだか分からないんだかな内容のオーダーに対して、これ以上ないジャケットを作って頂いた。ありがとうございました。


曲ごとに覚え書きを少しずつ。

①2001
橋本奈々未2nd写真集「2017」をイメージしたタイトル。WavetableというAbleton Liveのシンセを使ったパッドの音から始まり、後半にかけてIDMっぽく打ち込みのドラムが無規則に流れ込んでくると同時に、やけに清涼感のあるメロディーも立ち現われる。この相反した要素が結びつく美学はオウテカやAphex Twinから得たものである。

②Lagrange Point
 「Lagrange Point」は確か宇宙に関連する言葉だった気がする。1曲目の美メロとドラムの相反した雰囲気をそのままに、後半にかけてシンセでマスロック的な展開するアルペジオを重ねたらどうなるか考えながら作った。同時にドラムのパターンがtoe的なものからの逃れなさを表している。

③Flicker
 Aphex Twin「Flim」ばかり聴いていた時期があり、1曲目、2曲目から連動する要素が多い。神保町サウンドシェアというイベントに参加し、この曲を流した。そこで初めて自分の曲を他人に聞いて貰い、思ったより褒められたことからこのアルバムの制作が始まった。ありがとうございました。

④Clipped Whites/Crushed Shadows
 写真を撮った時、光の量が多過ぎる場合「Clipped Whites」と呼ばれ、光が足りない時に「Crushed Shadows」と呼ばれる。とサラリーマン新人研修で学んだ単語をタイトルにした。トムヨークが弾くようなエレピのバッキングを軸にミニマムに展開していく曲だが、上手く形容する言葉が見当たらない。3拍子のアルペジオと簡素なドラムパターンがずれながら流れていくことで心地よい迷路に迷い込んだ錯覚が生まれるなぁ、と思いながらポチポチとマウスでMIDIノートを打ち込んでいた。

⑤Riverside
 赤ちゃんの鳴き声も後ろ乗りのビートもパッドの音もBoads of Canadaを意識しながら作ったが、かなりチープなローファイビートの様になってしまった。ただ、そのチープさが空間系エフェクトにより輪郭を失っており、ダブのような没入感も生まれている気がする。

⑥aftersun
タイトルは映画「afttersun」から。身近な人の喪失と美し過ぎる景色の雄弁さを同時に描いた「aftersun」はいつまでも脳裏から離れない映画の一本だ。その景色をAutechre「Nine」に近い構成で組み上げた。メインのリフを軸に幾つかの装飾音が増えては消えていく。陽が上がって落ちる様に近い。

⑦Lost
レイハラカミの曲の展開の多さと音の数の少なさ、どこまでも消えいってしまう様なディレイ、クラブ的ではないサウンド、みたいな要素を私なりに解釈した曲。同じ美意識のまま無理なくコロコロと顔を変えるこの曲はかなりお気に入りで、アルバムのテーマとなる言葉を付けた。

⑧NITRAM
こちらもオーストラリアの事件を題材にした映画「NITRAM」より。特に映画と連動する要素は無い。強めのキックの音と輪郭の無いシンセの音が溶け合ってるようで溶け合ってない。途中のリズムセクションではやはりマスロック的な物をDAWだと再現したくなってしまうのか、と再認識させられる。

⑨Tidal Noise
齋藤飛鳥の写真集「潮騒」を自分なりに訳したら「Tidal Noise」になった。まさに潮騒のように音の波が引いたり押したり、LFOによって揺れが加わったり加わらなかったり、メロディーの前段階のような音階がゆっくり現れたり、延々と持続しそうな雰囲気のまま徐々に姿を変えていく砂浜のような曲だと思う。

⑩Morning Sign
作っていく中で、朝や海や川のようなモチーフが好きなのだと段々分かってきた。となるとこの曲は「朝」だろう。3拍子、4拍子、5拍子のセクションがリズムやメロディーをそれぞれ鳴らし、混乱と爽やかさが同居する朝の気分が映し出されている。と作った後に気がついた。

⑪An Affectionate Thorn
「An Affectionate Thorn」は訳すと「やさしい棘」という言葉になり、こちらも橋本奈々未の写真集のタイトルから。

最後の曲に肖り、私の創作におけるモチベーションの話をする。このアルバムを作る際にはずっとデスクトップを前にマウスと鍵盤とキーボードを叩いていた。その行為は創作というにはあまりに無為で、近いのは瞑想や逃避という言葉だろう。ここをいじったら自分の好きな音になるんだ、こことここを重ねたらあの曲みたいだな、等、ただ自己の欲求に任せ作って生まれたのが結果的に11曲になった。ここに書いたことも後付けに過ぎない。逆にいうと、ここまで文章で書いてしまったような取ってつけた物ではなく、好きで見てきたもの、聴いてきたもの、見てきた景色、培えた美意識が自然と『Lostronicity』の音や曲自体に表れている。

ここまで読んでいただきありがとうございました。ぜひ『Lostronicity』をお聴きください。


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