![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/86519090/rectangle_large_type_2_b201921cd9428ee57cceb084ecfaab2f.png?width=1200)
ナンパから学ぶ。生きやすい社会。
目が死んだ人からナンパをされたことはあるだろうか。
物理的な症状という訳ではもちろんなく、「眼差し」のことである。
読者の方に、ぜひ私の体験を聞いてほしい。
先日私はナンパをされたのだ。しかも目が死んだ人から。目が死んでいるという、おそらく前向きではない狩行為を「ナンパ」と表現してはて正しいのかはわからないが
Step1.見知らぬ人間から話しかけられる
Step2.口説かれる
この2stepが踏まれれば、相手がどんな目をしていようが本来の目的はなんだろうが、狩られかけのキツネであるこちらサイドは「ナンパ!」と主張して良いと思っているので、その程で進めていくことをお許しいただきたい。
私はその日、大量の九条葱がこんにちわしているエコバックを左肩にぶら下げ、埼玉一大きな駅の構内を歩いていた。
たまの某百貨店スーパーでの買い物を楽しみにしている私は、その帰路であったその時、心は余裕という名の余白だらけ。余白の密度が半端じゃなく大きかった。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/86518215/picture_pc_06651e813a55a4ba0d1b95c5eeae249a.png?width=1200)
心はキラキラ、でも容貌は湿気と汗でぼろぼろ。おまけに肩には新鮮で青々とした大量の葱たちが隠れることなく駅を見渡している。カッコよくも可愛くも美しくもなく、”家庭的”くらいしか褒め言葉が見つからない風貌の中、それは起きた。
-♪%#×>°#...!!!!
左耳方向から何か聞こえる。
語気が強く、でも偽りの包容力みたいなものも含ませているその声は、駅の雑踏の中、なんとなくだが自分に向けられた音波な気がして首ごとグイッとそっちを見る。
たくさんの人が確認できるが、明らかにこちらを見ているお目目が1セット。私は身長163cmと決して小ぶりではないが、そこには見上げるほどの細身の大男が立ちはだかっていた。顔の上半身は向井理の大男は言う。
-あ..いきなり話しかけてすみません..えっと
明らかにたじろいでいる。自分から話しかけておいてその話しかけ方を瞬時に反省している。なんて迷惑な人なんだ。心で呟く薄情な私。
でもそういう儚い人は嫌いじゃない姉御スキンも持ち合わせている私。
「こちらこそ、いきなり話しかけられてすみません」そう言ってサッサと立ち去ろうと思ったその時
-あ…すみません…怪しい者じゃないんです…あぁ、そんなこと言ったら怪しいと思うかもしれないですけど、勧誘とかじゃないし、怪しくないです!
「勧誘ってなんだ?」世間知らずな私の頭にはその2文字が違和感としてこびりつく。そして理解する。この人は「怪しい人」であり「勧誘をしようとしている人」であることを。
とんでもなく親切な青年。マイナスプロモーションのスペシャリスト。お姉さん、気に入った。もう少し話を聴かせてもらおう。
-あの…すごく見た目がどタイプだったので、思わず話しかけちゃいました…
マスクの端がサッと動くくらいにはにやける私。おっとこれだから女子校育ちは危ない。本心な訳がなかろう。本心だったら彼はなぜ目が死んでいる。どタイプを前にして目が死んでいたら、生物としては絶対に種を残せない。最弱王だ。
嘘でも嬉しい言葉をもらった私は、心なしか彼と出会う前よりも心がキラキラしている。心のキラキラが無限大にまで広がるとこんな景色が広がるんだぁ…。
いやいやいやいや。そんなことを考えている場合じゃない。
この後の展開をザッと数パターン考える。
①一緒にどこかに行く流れになる
どこかってどこだ.私の肩には葱という早急にお家に連れて帰りたい大事な存在がいるのだ.
② 話すだけ話して解散する
もう十分だろう?
③これまでに彼が経験したことのないような形で立ち去る
これだ.
彼との出会いを、ただの質の悪いナンパという思い出にしないために私は決断した。ユーモアで我々を包み込もうではないか。それこそ有終の美。あなたと私の最初で最後の共同作業。
作戦はこうだ。
もう一言彼が何か言う。それは2人が見つめ合ってからおおよそ30秒が経つくらい。”私たちは同じ時間を共有している” そう認識するに足る時間が経過したその時、個性的な印象を残しながら立ち去る。
私は元ダンサー。エンターテイナーだ。大丈夫。私ならできる。
-もう少しゆっくりお話ししませんか…?
よし来た。彼は今私に、あなたのターンですよ顔をしている。機は熟した。
(ちなみにここまで私は一度もリアクションをしていない。彼は絶妙な間と共にひとりべしゃりを続けている。)
私はそれまで以上に彼の目を強く見つめ、足をにじにじ動かし始める。足が完全に一歩前に出た時、私の下半身と上半身は、平行四辺形のようにずれ込み始める。顔と顔は突き合わせているが、体と体はもうかなり距離がある。
細かすぎて伝わらないかもしれないが、私たちの間にはとんでもなく妙な時間が流れ始める。
無視して立ち去るわけでも、捨て台詞を残す訳でもなく、目の前の女は体をフェードアウトしていく。こわいだろう。絡んだはずが絡まれていたかもしれないのだ。これ以上傾けたら平行四辺形が一本の線になってしまうというところまで来た。今だ!私は得意の闊歩で、駅の人混みの中に溶けていった。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/86519612/picture_pc_bde9e07300527a7c98782c36936a7b16.png?width=1200)
彼はどう思っただろう。
我ながらナンセンスなエンターテイメントとなった。
だが(一応)有終の美を飾れた私は、駅のど真ん中を颯爽と歩く。パパラッチに囲まれながら歩くレッドカーペットのごとく、それはもう堂々と。
謎の爽快感と、”どタイプだったんです”という言葉だけを咀嚼しながら、幸せな帰路についたのであった。
実体験はここで終わり。とりあえず、たった今鮮明に描写したナンパの終わらせ方は忘れて欲しい。大事なことは私の退場シーンに詰まっている。
彼女(私だが)、大変幸せそうではないだろうか?言っちゃ悪いが、不快なナンパに出くわした直後である。
この時間で私が一番学んだことは、好きと伝えることの絶大な効果である。
そこかよと思われるかもしれないが、そこだ。これはやはり多大な影響力と幸せホルモンを持ち合わせている。これまで誰かに好きだと言ってもらえたことは何回かある。でもその時とは何か違う。”好き”という言葉そのものに力があることが証明された気がする。中身なんてなくても、幸せなのだと。
次の電車に乗るまでの間、こんな世界を妄想していた。
誰もがすれ違う時に、まるで簡単な挨拶を交わすくらい自然に「好きだよ」と伝えあう世界。
知ってる人にも知らない人にも伝える。みんな少しずつ微笑んでいる。伝えている自分も、伝えられている自分も、誇らしそうに。
今はなんだか違和感を感じるかもしれないが、突飛なことがいつかの常識になることだってある。
荒を探しあったり比較したり、そんなことに時間を使うんじゃなくて、心の底から出なくてもいいから、好きだよって気持ちを伝えあえたなら、私たちの生活は今とは全く違うものになるだろう。
違う問題は発生するかもしれないが、今よりは世界が柔らかくなるに違いない。
ナンパ師の存在が柔らかい世界を実現させることだってある。少なくともあの日の私は柔らかくなり、数日間は、共に暮らすカナイに優しくなれた。
どんな出会いにも意味がある。そう強く感じ、今でもあの細身の大男との出会いには感謝している。
Fin.
麻裕