小説『継承』 第二章
一 - 喋
今日は仲良しの四人とカフェでおしゃべり。週末の息抜きに、友達とおしゃべりに興じるのは、最高のリフレッシュ。これは大形美羅の持論。美羅の左側、窓際に座っている龍岡聖羅は、いちごのショートケーキ。聖羅の前にいる春日井杏樹はモンブラン。杏樹の左隣、つまり美羅の前にいる司空楊花はチョコレートケーキ。そして通路側に座る美羅自身は、チーズケーキだ。おもしろいことに、注文するものに友達それぞれの個性が表れている。
聖羅は細面の正統派美人で、服装も華やかなお嬢様風。今日は白のブラウスにベージュの膝丈スカート。そんな彼女にショートケーキはぴったり。
杏樹は丸い顔立ちのかわいい系の女の子。服装も、ピンクや黄色を盛り込んだものが好きで、今日は濃淡のあるピンクのチェック柄のワンピースだ。彼女の目の前にあるのは、栗が一番上にちょこんと座っているモンブラン。
楊花は理知的な美人、服は黒、グレー、茶色みたいに落ち着いた色遣いのものをよく着ている。今日の彼女は紺のシャツにベージュのチノパン。大人になったら、できるキャリアウーマンって感じになる。チョコレートケーキは、そんな彼女にそっくりだと思う。
美羅は目立たないタイプで、他の三人みたいにかわいいとか、美人とか、頭いいとかいうタイプではない。かわいい系ではないので、どちらかというと「どこにでもいそうな普通の美人」という感じだろうか。可もなく不可もなくを体現している美羅は、モノトーンなデザインの服ばかりを着ている。今日は白の長袖シャツの上からグレーのカーディガンを羽織り、デニムを履いている。美羅はチーズケーキが自分に合っていると思っている。味がまろやかなところを、美羅は気に入っている。ほどほどに甘く、波風のない味が、周囲に溶け込むのが得意な美羅そのものだ。
「美羅って、誰とでも仲良くなれるよねー」
三人からはそう言われていたが、美貌であったり、愛嬌であったり、知性であったり、アピールポイントを持っている他の三人のことを、美羅は密かに羨ましく思っていた。
お互いに異なるタイプではあるけれど、美羅にとっては、四人で一緒にいるのが一番楽しい時間だった。小学校のときに初めて聖羅と出会い、中学で杏樹と楊花と仲良くなった。高校はそれぞれが別のところに進学した。それでも美羅の中で変わらないのは、休みの日にこうして友達とおしゃべりできるのは、最高の娯楽だということ。特にこのメンツだと、お互いの高校の話をして情報交換できるのが、新鮮で、何よりリラックスできる。
「いつまでも、この四人と仲良く過ごせたらいいのに」
大学、就職、そして結婚。人生の階段を上がるにつれて四人が共有できる時間は短くなっていく。美羅にとって将来は、未知のものに対する好奇心と嬉しい期待を感じる対象であり、同時に仲の良い友達との別れを想起させる寂しいものであった。
「今度、映画行かない? 私、これ観たいなー」
楊花が言い出した、十年に一度起こる殺人の話。そんな恐い話から映画の話題に飛び乗った四人。四人がそれぞれの道を歩むことになるのは、何年も先、遠い将来のこと。そう思っていた美羅のもとに数日後、早くも別れのときがやってきた。
数日後、杏樹は遺体となって発見された。身体を複数箇所刺され、殴打され、変わり果てた姿で。口には「穢多之子」と書かれた紙が入っていた。
美羅の親友は、殺人鬼の餌食にされた。
二 - 落
会社からの帰り道、日々の多忙な生活から来る身体の疲れにもかかわらず、彼女の足取りは快調。数日前に彼氏からプロポーズされた五十村紗栄子は結婚を控え、有頂天の日々を送っていた。昨今のバブル経済の恩恵を受け、紗栄子が勤めている会社の業績は右肩上がり。紗栄子の未来の夫、厳島清五郎は社内での評判もよく、将来を嘱望された人材だ。高学歴でハンサムな清五郎を射止めるのは、モデル並みのスタイルの持ち主である紗栄子にとっても、容易いことではなかった。同期入社のOLや女性の先輩、後輩は皆がライバル。清五郎のように出世が確実と目された男は引く手数多だ。
「結局、結婚は相性よねぇ」
入社当初、清五郎に対してはそこまで積極的になれなかった。美貌に恵まれた紗栄子は恋愛経験がそれなりに豊富だったが、どちらかというと地に足がついたタイプだった。そんな紗栄子は、最終的に結婚生活が上手くいかなければ、出世頭と結婚しても意味がないと考えていた。
「付き合ってくれると、嬉しいな」
紗栄子が惹かれたのは、清五郎の実直さ。時として歯に絹着せぬ物言いをする性格が、仕事では役に立っていたようだ。その姿勢は、一部の同僚から反感を買いつつも、仕事への誠意として、上層部には映っていた。その点において、紗栄子は清五郎のことを尊敬していたし、何よりそこが、紗栄子が清五郎との結婚を承諾した理由だった。
雨が降り出したのは、家に着くまであと数分というところ。天気予報は曇りの予想だったが、折り畳み傘を持参した紗栄子。それでも彼女は小雨程度の雨に対して傘をさしたくなかった。数分で家に着くのに、もったいない。紗栄子は歩くペースを上げ、家へと急いだ。
その日は大雨だった。滝が降ってきたのかと思えるくらいの雨音が鳴り、木魚の音に混ざって室内に響き渡った。しかし紗栄子にはそんな轟音に注意を払う余裕などなかった。後から後から流れ続ける涙を拭きながら、口から溢れ出そうになる嗚咽を押し留め、彼女は絶え間なく襲いかかる悲しみに耐えていた。
「今回は、誰が犠牲になるのかしら」
十数年に一度起こる殺人について、同僚の司空から話を聞いたある日、紗栄子にとってそんな物騒な話は他人事だった。清五郎と同様、会社でエリートコースにいるキャリアウーマンの司空紫乃が紗栄子に大昔から続くその連続殺人の話をしたのは、会社で仲のよい社員と一緒にランチをしていたときのこと。
「今年あたり、例の殺人が起こるって噂よ」
そんな話を聞いたのが、紗栄子と清五郎との結婚が決まったか決まらないかの頃。
葬儀の間、崩れた化粧に覆われた、悲嘆に歪む顔をお焼香に並ぶ参列者に見せまいと、紗栄子は終始床を見つめていた。左隣にいる母に肩を抱かれていても、心から愛する者を失った紗栄子の痛みは消えなかった。傷跡は、一生残るだろう。少なくともそのときの紗栄子は、清五郎を失った喪失感が消えるとは想像すらできなかった。
葬儀の数日前だった、清五郎が死んだのは。彼は何者かに複数箇所刺され、出血多量で亡くなったとのこと。口の中には、「穢多之子」と書かれた紙が押し込められていたという。
犯人は、捜査中。
葬儀場の外は暗雲に覆われ、いつ終わるとも知れない雨が降り続いていた。葬儀中、紗栄子の涙が枯れることはなかった。
三 - 等
全く、世の中は不公平だと、浪川熊子は心の中で嘆いていた。すぐ近所に住む地主の大河原両右衛門の家は溢れんばかりのお金に呑み込まれそうだというのに、浪川家の家計は今日も火の車。勤め人の夫は薄給で、小さな子供がいる家庭では贅沢など夢の世界の出来事。今日も夫と舅を職場の役所へ、息子の泰輝を尋常小学校へと送り出し、熊子は急ぎ家事に取りかかる。姑が下の子供たちの面倒を見ているので、その間に洗濯ができる。それからは近所に買い物に出かけて食料を買い、家に帰ったらまた家事と育児が待っている。
日々の主婦業に忙殺される熊子は、収入が少なくても満ち足りていた。確かに浪川の家は大河原家のような大金持ちではない。それでも決して極貧家庭などではなく、上の子の泰輝も、下の子の夏帆と雄一郎も、尋常小学校を卒業させられるほどの経済的余裕がある。火の車であることは間違いないが、節約して不要なものを買わないだけで、なんとか生きていくことは可能だ。
「今日も一日、気を引き締めてがんばろう!」
そう自分を奮い立たせ、熊子は自分の仕事に身を投じる。
全く、世の中は不公平だと、浪川熊子は心の中で嘆いていた。世の中には、健康な身体を持ち、天寿を全うする人間もいれば、貧困に喘ぎ、十分な栄養を取れず、病死したり餓死したりする人間もいる。そして中には、幸運に恵まれて豊かな生活を営んでいたにもかかわらず、事故や災害、事件に巻き込まれて命を落とす者もいる。
浪川家の家計は、今日も火の車。生活に必要な費用を出したら、残ったお金は雀の涙程度。だからこそ、夫の是吉にはもっと仕事に精を出してもらわないと困る。仕方なく、今日も熊子は半ば急かしながら、夫を職場へと送り出す。それは、舅の忠政も同じ。舅の行動が遅ければ、姑の達の出番。
「早く仕事に行ってください」
と催促して初めて出勤することもある。それでも忠政が健康であるのは、何よりもありがたいこと。
「ウチの人は、今まで病気一つしたことがないの」
というのが、姑が近所の人たちと話すときの、ちょっとした自慢話。姑は近所の人たちと噂話をするのが好きだ。女という生き物には、おしゃべりで日頃の鬱憤を晴らす習性がある。姑はその代表格。熊子もおしゃべりが嫌いなわけではない。しかし姑のおしゃべり好きと比べれば、熊子は内向的な部類に入ってしまう。そんな社交家の姑の恩恵もあり、熊子はご近所の噂話に詳しくなった。
「昔からあった話なんだけどねぇ」
また始まったか、という言葉を飲み込み、熊子は姑のおしゃべりに耳を傾けた。
「熊子さんも、知ってるでしょう。この辺りって、十年に一度、人殺しがあるって」
家事の合間を狙って姑が話しかけてくるので、束の間の休息もない。
「近所の司空さんっているでしょう? 司空さんと、『そろそろ、出るかも知れないわね』って話してたら、ついこの前よ。出たの」
全く、世の中は不公平だと、浪川熊子は心の中で嘆いていた。
正直に、慎ましく、周りの人たちと上手に付き合えば、恨みを買うこともないのに。是吉や義父の忠政のようにまじめに働き、少ない給料でも質素に暮らせば、幸せは簡単に手に入るのに。
余計な欲をかかないものだ。欲をかかなければ、恨みを買うこともない。
今回は大河原両右衛門。全身を数カ所にわたって刺され、殴打され、栄華を極めた地主は鮮血に覆われ、ただの肉塊となった。
「穢多之子」
そう書かれた紙が、両右衛門の口らしき部分に押し込められていたそう。
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