第6話 淫魔
注意: こちらの「第6話」については卑猥な表現(下ネタ)があります。この点を了承の上で以下の文章をご覧ください。
李さんの親戚の娘か孫娘が大学生の頃の話。当時彼女の大学の同期に有名なプレイボーイがいた。何でも実家が資産家で、何でも半端ないくらいイケメンで、何でも女子たちから絶大な人気があったそう。彼女自身はそのイケメンに興味がなかったものの、親友がそのイケメンプレイボーイに気があった。その親友は丸顔でセミロングヘアのかわいい子で、背が高く、スタイルがよかった。キャンパス内には何人もかわいい女子はいたが、その親友もその中の1人として男子の間で噂になっていた。その親友は性格もよかった。なのでその親友のルックスを考えれば、普通にそこそこレベルの高い彼氏を見つけることは容易だった。しかしその親友はある日、幸か不幸かそのプレイボーイから声をかけられ、それ以来親友は彼に夢中になってしまったのだ。李さんの親戚の娘は彼が何人もの女子と付き合っていること、その中で本命がその親友とはまた別に存在することを知っていた。要は、彼にとってその親友は遊び相手としか認識されていなかったのだ。
そんな2人の関係に転機が訪れたのは、付き合い始めてから数か月後のこと。彼は親友に身体の関係を求めてきた。具体的に言うと、口で男性の股間にあるものを咥える、あの行為である。恋愛やセックスに比較的奥手だったその親友はその場で彼の求めを断った。それ以来、彼は彼女と会わなくなっていった。彼女が性行為に積極的でないことを知ってから、彼は親友との遊びの関係を終わらせようと考えたようだ。焦燥感を感じたのは、むしろ親友の方。親友は彼との関係をつなぎとめるために、その「口でやる行為」のやり方も含め、知識を集め始めた。そんな折だった、親友が同じサークルの友達から卑猥なものを売っている店の存在と、そこで売られている「口でやる行為」が上手くなる妙薬のことを教えてもらったのは。
週末、親友はそのサークルの友達と一緒にその店に行った。その薬はスライスされた干物のような形をしており、何万円もする代物だった。しかしバイトでお金をたくさん貯めていた彼女は、少しの躊躇を覚えながらも、その妙薬を購入するに至った。
「薬の効果は絶大だったわ」
まるで自分で体験したかのように、李さんの親戚の娘は話していた。というのも、その妙薬を使用し始めてから、傍目からもわかるくらいそのプレイボーイは親友に夢中になった。「関係が完全に逆転してた」
親戚の娘はそう言っていた。日ごとに親友に心を奪われる彼、その彼を思うがままに支配していた親友。彼は生気を失っていき、一時は下僕のように親友の言うことを聞いていた。
「私の口技に、彼って夢中なの」
「私のテクなしじゃあ、彼は正気を保てないみたい」
親友はうっとりとした表情を浮かべながら、その子に彼との関係について話していたそう。その時点で彼は親友以外の女性との関係を断っており、そのことが親友の性格を変えていった。親友は、男を弄ぶ悪女となっていた。
親友はそのプレイボーイだけでなく、他の男子にも手を出し始めた。親友のあまりの変貌に行く末を心配した李さんの親戚の娘。その子は両親に、そういうことに関する適任者がいるかどうかを相談した。意外な答えを返した両親。
「いい霊媒師がいる」
最初、その子はカウンセラーを紹介してもらえるとイメージしていたそう。しかし紹介されたのは、霊媒師。両親としては、
「彼が生気をなくしている」
「彼は正気が保てていない」
という点に着目したそうだ。
後日、親戚の娘は2人を誘って霊媒師の元へと向かった。そのときその子は自分の両親に付き添いをお願いしたそうだ。霊媒師のいる寺に着き、彼女(その霊媒師は女性)が2人のことを見た途端、
「早速儀式を始めましょう」
と言って皆を中に入れた。
一同は寺の中の大広間に通された。親友と彼だけが中央に、それ以外の者たちは部屋の端に座るように言われた。霊媒師は部屋の奥の方、2人を挟んで李さんの親戚家族たちがいる場所とは対岸の位置に座した。互いに向かい合う2人。霊媒師は彼らに
「これは儀式なので申し話ありませんが、(口でやるあの行為)をここで行ってください」
と言った。面食らった一同、嬉しそうな表情を浮かべていたのは親友だけだった。それでも必要な儀式だったので、彼は渋々下半身を露出させ、彼女はニッコリと微笑みながら口を彼の股間へと近づけていった。そして彼女の唇が彼の性器に触れるか触れないかのところで、霊媒師は叫んだ。
「破(は)!」
すると親友の動きが突然静止した。親友は何かに無理やり引き剥がされているかのように上体を上げていった。抵抗しながら、彼女の頭は持ち上げられていった。次の瞬間、その場にいた全員が恐ろしい声を聞いた。
「邪魔をするなぁ!」
明らかに親友のものとは異なる、女性の声。その声は恨み、憎しみ、妬みなどあらゆる負の感情が込められたような叫びだった。恐怖が奔る室内、彼は目を見開き、両腕で背中を支えた体勢で座ったまま後ずさった。彼は恐怖の表情を浮かべ、口を開けたまま、小刻みに震えながら膝立ちの状態になった親友を見ていた。親友もまた目を見開き、彼の方を向いた状態で、口を開いた状態だった。両手は左右に広がり、親友は磔にされた格好になっていた。
「うわっ、何だあれ」
恐怖で凍り付いた彼が放った唯一の言葉がそれだった。同室にいた李さんの親戚の家族は親友の口から黒くて細長いものが出てくるのを目撃した。それはちょうど親友の口と同じくらいの太さのウナギのようなもの。しかしその黒いものはウナギではなく、頭の部分が蛇のような形をしていた。その黒いものはゆっくりと彼女の口から這い出し、数分の時間をかけてその全身が体外に出た。それは全長約1メートルの大きさ。部屋の中にいた全員、それが明らかにこの世のものでないことを確信した。それは、その黒いものの頭のすぐ下、人間で言うと首にあたる部分に何本もの触手を生やしていたからだ。それは一匹の蛇という幹にミミズが枝のように伸びている形をしていた。全体としてぬめり毛を帯びたその黒いものは、ナメクジの肌触りを想像させた。親友の頭の前で空中に浮いているその黒いものは苦しそうにのたうち、やがて肌の色と同様に黒い液体を滴らせ始めた。一同は直感的に、それがその黒いものの血であることを悟った。
「撃(げき)!」
霊媒師はそう叫ぶと、黒いものは霊媒師の前に吹き飛ばされた。瀕死のまま、霊媒師の方に向かっていく黒いもの。とどめの一撃、
「潔(けつ)!」
黒いものは断末魔の叫び声をあげ、白い閃光と共に消滅した。ガタっと崩れ落ちた親友。彼は慌ててズボンを履き、李さんの親戚がいる方へと急いで這って行った。
「淫魔は滅されました。ご安心ください」
霊媒師の報告と共に、部屋の中にいた人間は皆安堵した。
「あの黒いものは何だったのか?」
霊媒師が教えてくれた答えは以下の通り。
「あれは淫魔です。女性の身体に取り憑き、男性の生気を吸って成長する悪魔です」
「淫魔は女性の舌や指、膣に取り憑きます。淫魔は自らの身体を彼女の身体に同化させ、そこから触手を生やして巧みに男性の敏感な部分を刺激します」
「今回のケースではA子さん(親友)に取り憑いた淫魔は舌と同化し、舌遣いと触手を駆使し、B男(プレイボーイ)の生気を吸っていたのです。成長した淫魔は宿主である女性を支配し、やがて女性そのものを淫魔、いわゆる西洋のサキュバスへと変貌させてしまいます。あそこまで大きくなった淫魔は珍しいです。あと数日遅ければ、A子さんは淫魔に取り込まれ、悪魔になっていたでしょう」
その日、目を覚ました親友と一緒に一同は帰宅した。後日、2人の関係は自然消滅した。
この一件以来、彼の行動は落ち着き、以前のように手あたり次第女性に手を出すようなことはしなくなった。
後日、親友に妙薬を売った店に李さんの親戚の娘、親友とそのサークルの友人と一緒に行った。妙薬の出所を問い質すためだ。店員は困り果てた様子で、
「実はあの後、その妙薬を取り扱っていた業者と連絡が取れなくなった」
と話してくれた。親友が妙薬を買ってから2、3日後にその業者は店に来たそう。何でもその業者は
「急遽、製品を回収したい」
と言って返金手続きを済ませ、それ以来音信不通という話。
「あの妙薬、その業者はどうやって入手したのだろうか?」
李さんの親戚のその娘さんの頭には、未だにその疑問が残っている。
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