小説-『洞穴』 第三章



その夜のニュースは、不快、というより、驚愕という言葉がピッタリだった。
「警察は、発見された身元不明人から事情を聞く模様」
キャスターの報道をBGM感覚で聞きながら、ニュースを眺めていたときに目に入ったのが、あの灰色の洞窟。晴天の空の下、隣県で発生した事件。報道によると、近所を散歩中の住民が、ボロボロの服を着て、やつれた姿で徘徊していた女性を発見したとのこと。場所は、とある山中。お決まりの、付近の映像が画面の中で流れ、制服警官と鑑識が歩き回る姿、パトカーの赤いサイレンが間に挟まれた。その途中で映ったのが、例の灰色の洞窟だった。時間にして、一、二秒間、もしくは、それよりも短い間隔。その、一瞬とも言える間だけ続いた、青天の霹靂。椅子に座り、茶碗を持ちながら、硬直する伊代。カチャカチャと、虫の羽音のような箸の音が周囲を飛び回る中、一人微動だにしない彼女は、家族にさえも、奇妙に映っただろう。
「どうしたの、伊代?」
という言葉を挟ませる余裕を与えず、彼女は
「お母さん、今週末、ちょっと旅行に行ってくる」
否や、伊代は眼前の食べ物を高速で口の中へと放り込んでいった。
「旅行? いきなりどうして」
という父の言葉に対する、弟の返答
「お姉ちゃんも、年頃ってことだよ」
いつもの伊代なら、弟のそんな生意気な言葉に
「公親、おまえは何も考えず、一心不乱に部活で走ってればよい」
と言い返すところ。今の伊代の心には、そんな余裕すらない。慌てて部屋に戻る途中、
「友達との予定、どうするのかしら?」
という母の言葉が後を追ってきた。そんなもの、上手い言い訳で断ればよい。人間関係に慎重な普段の伊代からは想像もできない大胆な思考。荷造りのため、自室に向けて、伊代は急いで階段を駆け上がる。

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鮮道朝花は私のペンネームです。私の書いた小説を載せています。どうぞ、お楽しみください。 掲載作品: 『洞穴』『陰』『継承』『出会い』『淫獣…

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